サイボーグサムライガール VS 神 (プロトタイプ)

本作はいつか連載するかもしれない長編の第1話になるかもしれないやつです(中途半端なところで終わったりはしないと思われます)。


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 刻限である。


 緑の丘の都と呼ばれるこの国の外れに、小皿の村という場所がある。人口二〇〇人が住むのどかな村。まだ道の舗装も進んでいないが、牧場や澄んだ湖が広がる景観は美しく、都市部の人々の憧れだ。そんな小皿の村にも星神教会の聖堂はあり、迷える信者に聖職者が神の導きを示していた。

 時間のゆっくりと流れるような、平和な村だった。

 平和だったのだ。


 その日も刻限が訪れ、教会の聖堂へ続く道に村人たち全員が二列に並ぶ。

 土が剥き出しの道の両端に、一列ずつ。そして道の中心に向かって跪き、頭を垂れた。

 誰もが声を発さない。目立つ動きもしない。

 跪いたまま、震えている。


 そこへ通りがかったひとりの旅人がいた。

 旅人は、整列して何かを畏れているような、異常ともとれる様相の村人たちを見て首を傾げる。

 村人のひとりが慌てて、旅人をたしなめた。


「そこの! 早く跪くんだ!」

「オ……?」

「旅人だから知らないのだろうが、じきに〝審判〟が下される……! 教会にはがおわし、俺たちを。不敬なことをされると迷惑なんだよ! とにかく跪け!」

「…………」


 村人の男が旅人の服を引っ張って無理に膝を折らせた直後、聖堂の大扉が軋み、開いた。

 誰かが「う、」と喉の奥で声を詰まらせた。


 聖堂の中から現れたのは、六本の足が生えた、巨大な胎児だ。


 姿形を表すのなら、胎児としかいいようがない。全長三メートルをゆうに超す巨体は全身が紫色をしており、頭ばかりが大きい。しわくちゃの瞼はほとんど閉じられている。六本足は毛むくじゃらで、蜘蛛のように膝を折り曲げ、道を踏みしめていた。

 ぞろぞろと足が動き出す。

 歩き始めた。


 村人たちは、その胎児に跪いたまま、動かない。

 動いている者といえば、先の、旅人くらいのものだ。


「……ウ~ン?」

「(おい、旅人……きょろきょろするな。〝神〟の前で不遜な態度をとれば、俺たちまで……)」


 小声でたしなめる隣の村人。旅人は渋々といった様子で従うが、その代わり、小声で男に尋ねた。


「(アレハ、何? アンナモノガ、神カ?)」


 旅人の声は、ノイズが入った、軋むような声だ。


「(……あんた、その声……?)」

「(イイカラ。アレハ神ナノ? 何故アンナモノニ頭ヲ垂レルノ?)」

「(あれは……神だ。……いや。……正直、俺たちも……わからない)」

「(……?)」

「(ある日突然教会に居座り始めて、俺たち村人を毎日こうして〝審判〟している。星神教会の教えを守っているかどうかを見分けて……教えを破った者を、殺すんだ)」

「(…………)」

「(で、でも……でも俺には、気に食わない奴から選んで殺しているようにしか見えない。ジェルクは……俺の友達は敬虔な信徒だった。本当なんだ。なのに……どうしてあいつは殺された? わからない。次は俺かもしれない……)」


 水音がした。

 村人のひとり、幼い少女が、緊張に耐えきれずに胃の中の物を口からぶちまけた音だった。


「う、おえっ……えぶっ……」


 巨大な紫色の胎児が、少女の前でその毛むくじゃらの足を止めた。

 胎児の口が開いた。


「ねえ」


 少女がビクッと肩を震わせる。顔は上げられない。


「ねえねえねえ」


 胎児が唸る。少女は、涙声で「お、おゆるし、ゆるしください」と小声で言い続けている。


「ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえ」


 胎児の身体がぐにゃりと折れ、大きな頭部が逆さまになり、少女の俯いた顔を覗き込んだ。


「ねえ」

「ご、ごめんなひゃっ! ごめんなさい! も、もどします! もどすから!」


 吐瀉物を小さな手ですくい、口に戻していく少女。しかし、更に嘔吐する。胎児の顔に少し飛び散る。

 胎児が姿勢を元に戻し、臭い息を吐いた。


「…………ねえ……」


 胎児の後頭部がぱくりと開く。

 そこから伸びた無数の人間の腕が少女の頭を掴んで、持ち上げた。


「い、嫌ぁっ! なんで!? わたしいい子にしてた! お祈りも欠かさずしてました! 嫌だ、嫌ぁっ! どうして!? やだよぉっ!」


 村人は跪いたまま動かない。誰もが恐怖で声すら上げられていない。

 内心では選ばれたのが自分ではなかったことに安堵している。少女の両親ですらも、震えるばかりで動こうとしない。

 胎児の大口が開く。

 歯茎がズルリとせり出していく。

 吊り上げた少女を噛みちぎろうと、粘液が糸を引く鋭利な歯を、ギラリと見せつけた。


「なんでわたしなの!? たすけて、ぱぱ、ままぁっ! 嫌っ、たすけっ……誰かたすけてぇ――――――っっ!!」


 腕が、


 千切れた。


 少女のではない。


 神を名乗る巨大な胎児から生えた、少女を掴んでいた腕である。


「ン~……」


 その切断面は、どんな鋭利な刃物で斬ってもこうはならぬというほどであり、そして黒く焼けただれ、煙を上げていた。


「ドウシタモノカナァ……」


 胎児が、たった今自分と少女との間を通り抜けながら腕を切り落とした者の姿を、見る。


 異国の旅人であった。


 白を基調にところどころ黄色も織り交ぜた、ゆったりとした袴と羽織。腰には歯車があしらわれた特徴的な刀を帯びている。長身だが、やや控えめに膨らんだ胸元を見ればすぐに女とわかるだろう。後頭の高い位置で結ったロング・ポニーテールは世にも珍しき銀髪だ。肌の色は雪白で、瞳は黄金。そして、精悍な顔立ちから読み取れる表情には怖れも怒りもない。

 あるのはただ、困ったな、という感情だ。


「コレ、戦ウシカナイヨナァ……」

「ねえ」

「ン~、デキルコトナラ、アマリ目立チタクナカッタンダケドモ……ウ~~ン……」

「ねえねえねえねえねえねえ」


 巨大な胎児の体色が、紫から、どす黒く変わっていく。

 六本足でズンズンと地を踏みしめ、後頭部の裂け目からうじゃうじゃと生える太い腕のすべてを、神に背く者へと向ける。

 全身に、ビキビキと血管を浮き立たせていた。

 歯茎のせり出した口で唾液を飛び散らせながら、咆吼する。


「ヴォアアアああああああアアアああアアアアアアアア!!」

「マア……」


 旅人が、ノイズ混じりの声で呟く。


「ドーデモイイデゴザルナ」


 腰を落とす。

 刀の柄に手を置く。

 バチッ、と鞘の中で雷電が弾ける音がする。

 旅人には、咆吼しながら突進してくる怪物の姿が、非常にゆっくりとした動きで見えている。


 無数の腕が、旅人を蹂躙しようと伸びる。


 届かない。


「THUNDERBOLT BATTO SYSTEM」


 それは機械仕掛けの抜刀術。


「LIGHTNING STRIKE:雷切ライキリ


 雷鳴が轟く。

 邪悪な怪物を真っ二つに斬り裂く、稲妻が走り抜けた音。

 胎児の首と胴体はふたつに分かれ、直後、全身を内側から電撃に灼かれて真っ黒に焦げた。

 喉の奥から、ネ、と声を発する。

 そのまま地響きとともに倒れた。

 動かない。


 その怪物はもう永遠に動くことはない。


 呆然と、村人たちが、神を斬った者を見ている。


 異国の旅人は、既に刀を鞘に収めていた。


 吹き荒れる一陣の風が、袴と羽織をはためかせる。

 彼女の足首や上腕が、村人たちの目にさらされた。

 鈍い光沢。

 鋼の、四肢。


「ア~……エート……」


 旅人の少女は、結った銀髪をなびかせながら、生身の頬ではにかんで笑った。


「ボク、サイボーグサムライガールノ、銀条ギンジョウサザナ。ヨロシクネ……」

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