第十九話 白熱


「と、言っても誰と戦えば」


「そうね~、強すぎず弱すぎない人がいいけど」


 副団長は仕事があると言ってまたどこかへ行ってしまった。俺たちはぐるぐると訓練場を周っていた。


「おや、サボりかい?」


 後ろを見ると団長がいた。


「いえ!違います。訓練する相手が見つからなかったので」


「そうかい、確かにこれだけ人数がいれば誰に申し込めばいいかわからないよね。なら二人が戦ってみればどうだい?」


「え、でも違う系統のジョブ同士でもいいんですか?」


「別に構わないよ。二人が白熱したバトルを見せればみんな自分から戦いを申し込んでくれるようになるよ」


「ならわかりました。アルト私と戦える?」


「まぁあんまり勝機はない――」


 話してる途中でルイナを見ると『逃げるの?』という顔をしている。


「けどさっきの模擬魔物戦で負けたから、仕返しするチャンスだからな、戦うさ」


「決まりだね、じゃあ観客を呼んでくるよ」


『え?』




『さぁ新入りのアルトとルイナの勝負だ!みんなはどっちに賭ける⁉賭け金の3倍手に入るぜ!』


 どうしてこうなった。


 俺とルイナの周りには第二騎士団のほとんどの人がいる。ただ二人が訓練するってだけなのになんでここまで大規模なことになってんだ。


『二人とも面白い戦いにしてくれYO!みんな盛り上がってるか⁉』


 メガホンを持っている実況者のような人が言うと周りの観客が叫ぶ。


「ね、ねぇアルト、私こんなに人がいるとか聞いてないんだけど」


「俺も聞いてねぇよ。でもここまで来たらやるしかないだろ」


「はぁ~、そうね」


「で、一つ賭けたいことがあるだけどさ」


「ん?なに?」


「俺が勝ったらさっきの賭けをチャラにしてくんない?」


「いいけど、その代わり私が勝ったらもう一つ命令を聞いてもらうわよ」


「おっけー、全力でやるからな」


「私も全力でいかせてもらうわ」


 俺とルイナは20メートルほど離れた。


「さぁ二人とも準備はいいかい?」


 団長が言うと騒いでいた観客が静かになる。俺とルイナは手を挙げた。


「それでは、アルト君とルイナちゃんの勝負、よーい」


 俺は刀の柄を持って、ルイナは俺に手を向けた。


「スタート!」


 開始の合図とともに俺は刀に炎属性の魔力を付与してルイナに向かって走る。


 ルイナにはまず刀を当てないとダメージが入らないだろう。


『アルトがバリス刀を持って走る!ルイナのほうは氷魔法で細かい氷をたくさんを出しているぅ!』


 その氷が俺に高速で向かってくる。だが細かいからたくさん出しても簡単に避けれる。


 ただの威嚇か?


 そう思ったとき目の前の氷が急に大きくなった。


「うおっ!」


 なんとか避けるがまた避けたところにも大きい氷が迫る。細かい氷よりスピードが遅いから避けれるがこのままだとルイナに近づけない。


 俺は上に飛んで後ろに風魔法を撃ちルイナの近くまで来た。


「はあっ!」


 空中で刀をルイナに向かって振ったが、ルイナは左手を向け氷魔法で氷の壁を作り防がれた。


 いくら力を入れても分厚い氷の壁は溶けることもひびが入ることもない。


 俺は地面に着地し、右に一回転しながら膝をつきルイナの右横腹を狙って刀を横に振るがルイナは右手でまた氷魔法で氷の壁を作り防ぐ。


「くっそ」


 何度どこを攻撃して防がれる。攻撃するたびにルイナとの実力を思い知らされ体力が削られていく。


『どうしたどうした?アルトの猛攻がどんどん弱くなってきてるぜ!』


 さっきまで集中していて聞いてなかった実況者と観客の声が聞こえる。


「おい!どうしたアルト!そんなもんか!」


「もっと根性見せろ!」


「お前に五千賭けてんだぞ!」


「ルイナの勝ちかな」


 俺はなにもできず負けるのか?


 俺は攻撃を止めルイナの前でかがんで息を整えている。


 もうこれ以上戦っても無駄だ。無意味なことを続けてもいいことはない。ただ俺がルイナより弱かっただけだ。


 バカだよなホントに。ルイナの夢を手伝うどころかこんなんじゃルイナに追い付けるはずもない。


 逃げて終わるのか。



『逃げるの⁉そうやって無意味無意味って!』


『どうして諦めちゃうの!』


『まだ何もしてないのに、無傷なのに、逃げて終わるの?』


『もういい、さよなら』



 ははっ、なんであいつのこと思い出すんだろ。


 いや、思い出してよかった。


 諦めるなんて全て出来ることやってから考えることだ。


 もうあんな気持ちになるのは嫌だ。


「アルト、別に降参しても――」


「いや」


 心配するルイナの言葉を遮って、俺は顔を上げ大きく深呼吸をした。


「ルイナ」


「なに?」


「今から俺の本気を見せてやるよ!覚悟しろ!」


 ルイナが一瞬たじろいだが、


「ふふっ、そこまで言うんならなんかあるんでしょうね!」


「ああ!」


 出来るかわからねーけど、今出来ることをするまでだ!


 刀の鍔に手を当てて炎属性の魔力を消した。


 俺のもう一つの得意属性の闇。刀に闇属性の魔力を付与した。その瞬間、刀が一瞬真っ黒いオーラを纏った。


 少しでも力を緩めると地面へ深く沈んでいきそうな感じがする。


「闇属性、ね。それがアルトの本気ってやつ?」


「そうだ。今まで危険だからやらなかったけど、どうしてもルイナに負けたくないんでな」


「そう。でも勝つのは私よ!」


 俺は再び構えた。刀からうっすら真っ黒い煙が出る。


「はぁ~!」


 俺はルイナに向かって刀を振る。ルイナは左手で氷魔法で氷の壁を作る。


「オラァ~!」


 刀はいともたやすく氷の壁を真っ二つに斬った。


「くっ!」


 ルイナは後ろに下がって刀を避けた。


 俺はすぐに追いかけて刀を振る。ルイナはさっきより多く魔力を使って氷の壁を作ったが闇属性の魔力を付与した俺のバリス刀にはすぐに斬られる。


「へ、へぇ~。中々やるじゃない」


「どうだ、参ったか」


「そんなわけないじゃない。私の魔力はまだまだあるわ。だからこの一撃に賭けてやるわ!」


 ルイナは両手を俺に向ける。


「私の残り全魔力を!我を本気にする者よ、全てを凍らす絶対零度の氷に飲み込まれ、華やかに散りゆくがよい!」


 ルイナの近くにとても冷たい冷気が舞う。


 さすがにあれをくらったらいくら闇属性の魔力を付与した刀でも一瞬で氷付けにされるかもしれない。


 俺は刀にさらに闇属性の魔力を付与した。


 刀が全方位に吹っ飛んでいきそうなくらい強い力を感じる。それを抑えると手がガクガクと震える。


 けどここはやるしかねぇ!


零凍氷華れいとうひょうか!」


 ルイナから詠唱魔法が撃たれ、氷が物凄い勢いで俺に向かってくる。その氷が通った地面が凍っていく。


「はぁっ!」


 俺はその氷に向かって刀を上から振った。


「ぐっ!」


 今までにない強烈な力が刀とぶつかる。刀が時々凍りかけるがそこは砕け散っていく。


 少し押されてきてる。


「けど、俺は、絶対に、諦めないって、決めたんだよ!」


「なっ!」


 俺は少しずつ、一歩ずつ前に歩いた。ルイナの詠唱魔法を刀で耐えながら。


「どんなに相手が強くても、諦めなければ、努力を止めなければ、勝てるんだよぉ!」


「私の詠唱魔法が!」


 ルイナの1メートル前まで来た。


 これなら、勝てる!


 そう思った時、刀が手を離れた。


「えっ」


 手に力が入らなかった。ルイナの詠唱魔法が襲ってくる。


 このままだと、死……。


 その瞬間、ルイナの詠唱魔法の氷が何かによって打ち抜かれ消えていった。


「そこまで!この勝負、ルイナちゃんの勝利!」


 周りからうるさいくらいの歓声が沸く。


 俺は地面に仰向けになった。


「はぁ~、負けたか~」


「ふふん、私の勝ちね~」


 団長と副団長がやってきた。


「いや~、熱い戦いだったねー」


「ありがとうございます」


「も~!危なかったんだから~。私が止めなかったらアルト君死んでたよ!」


 副団長が怒りながら言う。


「じゃあルイナの詠唱魔法を打ち消したのって」


「私よ」


 死ぬくらいの威力の詠唱魔法を一発だけで打ち消すなんてやっぱり副団長はすごい力を持ってるな。


「ルイナちゃんはさっきの人間相手に撃っちゃダメ!アルト君も闇属性の魔法や魔力を刀に付与したりしたらダメ!わかった?」


『すみません』


「わかればいいのよ」


「ていうか、闇属性はもう当分使いませんよ。さっきも反動に耐えられなくなって、手に力入らなくなっちゃたし。まだまだ鍛えないとな~」


「とりあえず休憩所に行こうよ、二人とも疲れてるだろうしね」


 俺は立ち上がってルイナと一緒に休憩所へ向かった。

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