第八節 班分け発表

 翌日、武踊館でのストーリア実習の時間。第一学年の生徒たち全員に、班の番号と集合場所が記載されたカードが配られた。集合時刻は今日の午後五時とある。


「……おれは、第十班」

「俺は、第二班だ」


 ユアンの声は震えていた。


「君と、別の班になるとは、思っていなかった」


 すみれ色の右目が、不安にくすむ。


「素行を、考慮すると、聞いていたから……」

「大丈夫だよ。きっと、素行を考慮した上で別々になったんだ。アステラパシーのこと、先生がたは知ってるんだからさ。何か不安なことがあったら、終わったあとに部屋で話してよ」

「……わかった。君も、頑張ってくれ」

「うん」


 一度寮に戻って準備を整えてから、二人はそれぞれの集合場所に向かう。レグルスは教室塔へ、ユアンは武踊館へ。道が分かれるまで、一緒に歩いた。




「うう……ユアンにはああ言ったけど、おれ、大丈夫かな」


 教室塔の演劇練習室のうち、四階にある一室が、第十班の集合場所として指定されている。階段をひとり、ドキドキしながら昇っていく。後ろから、誰かの足音がする。この誰かも、自分の班の集合場所に向かっているのだろう。


「よう、幻の」

「ぬわっ!?」


 足音の主が急に声を発したので、レグルスの肩は大きく跳ねた。躓きかけたのをなんとかこらえて振り返る。


「お前、何班?」


 茶色の巻き毛に鳶色の瞳――キャリバン行きの乗合馬車で一緒になった、マルコだった。


「だ、第十班」

「ぐえ、マジかよ! ……マジかよ」


 マルコは額と腰に手を当ててかぶりを振ると、レグルスを無視して階段を上っていった。


「な、なんだ……?」


 レグルスもまた階段を上り、教室へ向かう。マルコがずっとレグルスの前を歩いていて、これではまるで彼についていっているみたいだ。


「……あれ?」


 マルコは、レグルスが向かっているのと同じ演劇練習室に入った。


「失礼します……」


 おそるおそる、部屋に入ってみる。


「まあ! 赤いネクタイの子が二人も。これは私も頑張らなくちゃいけないわね」


 教室の中には、先に入っていったマルコと、ふんわりした水色の髪の女性がいた。深緑のジャケット、首元には緑色のリボン、プリーツスカート。彼女の出で立ちは、ティターニア学園プリドル部の生徒であることを示している。


「はじめまして。プリドル部三年、四八期のイレーナよ。アステラはルーナ。よろしくね」


 ナイドル部はネクタイ、プリドル部はリボンの色で何期生かわかるようになっている。赤が五〇期、紺が四九期、緑が四八期生を示す色だ。


「一年のマルコ・コルカロリです。ソール・アステラです。よろしくお願いします」

「レ、レ、レ……」


 緊張で心臓がバクバクとうるさい。班ごとに試験を受けるという時点で、姫君プリンセス偶像アイドル――プリドルの候補生たちと一緒になるのは明らかだったのに。初めて同年代の女性と会話することになるのだから、心の準備をしておかなければならなかったのに。


「まあ、落ち着いて。慌てなくていいのよ」


 イレーナは、おっとりした口調でレグルスを宥めてくれた。

 彼女を目の前にしてあがっているのも確かだが、緊張の原因はそれだけではない。マルコがなぜこの教室にいるのかが気になって、言葉が出てこないのだ。


「こっちは一年のレグルス・フィーロです」


 マルコはイレーナにそう告げると、レグルスに近づいてきて、耳打ちした。


「おい、幻の。テメェ、本当に第十班なんだな?」

「そ、そうだよ」

「……チッ。いいか、オレの足を引っ張ったらぶっ殺すぞ」

「へっ!?」


 扉が開き、別の女子生徒が入ってきた。リボンは紺色、二年生だ。背は高めで、立ち姿がすらっとしている。黒いボブヘアーの内側が青みを帯びているのが印象的だ。


「まだ揃ってないのか。あたしは二年のシュルマです。よろしく」

「よろしくね、シュルマちゃん」

「ああ、イレーナさん……じゃ、あたしがリュヌですか。イレーナさんはヴィルジェーニアスやるつもりでしょ?」

「まあ。いいの?」

「いいも何も……」


 はあ、とシュルマはこれみよがしなため息をついた。


「じゃあ、プリドルの配役はこれで決まりね。揉めずに済んでよかったわ」


 イレーナはにこにこと笑みを浮かべているが、シュルマは無表情だ。二人の間に流れる空気が、冷え切っている気がする。


(なんか怖いな)

「なんかこえーな」


 レグルスが思い、マルコが小声で呟いたのは、ほぼ同時だった。


「てか、あと二人はナイドルの二年と三年? もう集合時間過ぎてんだけど」


 シュルマは露骨に不機嫌そうに言った。掛け時計は五時一分を指している。集合時刻は五時だ。


「……失礼します」


 のそり、と大柄な男子生徒が入ってきた。


「ロイと申します。フィオーレ・アステラです。よろしくお願い致します」


 ネクタイは紺色。二年生だ。レグルスより頭二つ分は大きい。黒い髪に浅黒い肌は、演劇の教科担任バービッジを思わせた。もしかすると、同郷なのかもしれない。


「次からは時間通りに来てね」

「はい……遅れて、すみません」


 イレーナは微笑みながら釘を刺し、シュルマはロイを睨んでいる。ロイはそれに気づいているのかいないのか、部屋の隅に置いてあった椅子に腰掛けた。大柄なロイが座ると、椅子のほうがなんだか窮屈そうに見える。


 班員はあと一人。だが、その一人がなかなかやってこない。演劇練習室が沈黙に支配されたまま、十五分が経過した。


「来ないわね……消去法では、ルーナ・アステラの三年生よね。まだナイドルの三年生がいないもの」


 イレーナはおっとりと言ったが、場は凍りついた。


「はあ、最悪」


 シュルマは苛立ちを隠そうともせずにそう言い、ロイは何も言わない。


(ど、どうしよう……)


 初対面でこんな空気になってしまって、レグルスはもうどうしていいかわからなくなった。

 そこへ――


「待たせたね」


 現れたのは、やはり濃緑のネクタイの三年生だった。金髪碧眼の整った顔立ちに、一瞬、目を引かれた。


「僕の名はフランツだ。よろしく頼む」

「……よろしく」


 返事をしたのは、ロイだけだった。レグルスは声が出なかった。女性陣の顔色を窺ってしまって、あいさつすべきか迷ってしまった。マルコもどうやら同じらしい。


「私が受け取ったカードに班長と書かれていたから、私が方針を決めるわね。プリドルの配役は決まっているから、早速読み合わせに入りましょう。じゃあ、椅子を円座にして……」

「へっ!? い、いきなり!?」

「まあ、レグルスくん。合わせてみないと改善点がわからないでしょう。オーディションはもう三週間後に迫っているのよ」


 イレーナの口調は変わらずおっとりとしているのに、彼女の声はどうしてかひどく強圧的に響く。


「さあ、はじめましょう!」


 イレーナは一度手を叩くと、そう高らかに宣言した。

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