アトラ⑦
そして新たなユミルは幼い少女の姿をしていた。ふんわりと切りそろえられた髪に、冷ややかな瞳。手足は細く、とりあえずで着せられた仮の衣服はぶかぶかだ。
「とりあえず細い手足が映えるようなワンピースを用意しよう。成人女性が着たらビッチ感が出てしまうけど、ロリィタな子が着たら似合いそうなやつを」
「ミモザさん、服はまだ先にしましょう」
「そうか、まずは名前だな。ファレノのとこと区別したいから、こっちの名前を変えたほうがいいな。アサナギ、名付けてくれ」
「では、アトラでどうですか。一応工房の法則に従ったのですが、もうすでに同じ名前がいたりとかは……?」
「男性体のアトラスはいた。けど凍結中だよ。うん、いいんじゃないか。それでいこう」
ミモザとアサナギはまず彼女の名前を決めた。ユミルはもはや『ファレノが育てたドール』という印象が強い。ややこしいしこれから彼女は生まれ変わるため、新たな名前をつけることにした。
アトラスをアレンジしてアトラ。マスター権限で名前をつけたが、工房権限でつける識別用の名前でもおかしくない名前だ。
アトラは名前をつけられてもつまらなそうにしていた。それにまだ一言も発していない事にカルマは気付く。まずは彼女の事情聴取をしなくてはいけないのに。
「こいつ、喋んねーけど大丈夫なのか?」
「喋られるわよ。なに決めつけてんの、この駄ドール」
カルマがアサナギに問えば、アトラからその愛らしい見た目に似合わないほど辛辣な言葉が帰ってきた。罵られなれていないカルマはしばし放心する。本当に今の発言はアトラのものなのかを疑ってしまうほどだ。
「前のマスターはごちゃごちゃ私の体をいじくりまわしておきながら他に本命がいる変態だったけど、今度のマスターは甘っちょろい小娘ね。ああ、なんてマスター運のないのかしら」
今度はアサナギへと辛辣な言葉が向かった。しかしアサナギは聞こえていないふりをした。彼女は心無い中傷は今まで聞こえて来なかったし、聞こえてからも慣れているので、新ドール起動の手続きを淡々とこなしている。
しかしさすがにひどい。マスターの魔力で起動しながらマスターを罵倒するドールなんて始めてみた。ちなみにアトラはどう見ても十歳から十二歳、アサナギが幼く見える事を差し引いても、小娘といえる見た目ではない。
「……ファレノのところにいたせいで歪んじまったのか?」
「ファレノの元で起動したのは短時間ですよ。それにほぼ電池をぬいて放置されていました。影響はほぼないでしょう」
「アサナギさ、ちょっとは怒ったら?」
「カルマも起動してすぐはこんな感じでしたよ」
「俺もあんなんなのか!?」
カルマが今まで起動してきた中で一番の罵倒だった。とにかくアトラとファレノはあまり接触はなく、育ての親による影響はほぼないらしい。
「うーん。目の見えないファレノに合わせて、サポートタイプにデザインされたはずなんだけどねぇ」
「こんなサポートだったら胃に穴開かないか?」
プログラムした生みの親、ミモザも予想していない性格だという。もしこのアトラとファレノがコンビを組んだなら、きっと『ちょっと、その先段差あるわよ。陰気な顔で考え込んでるから気が付かないのよ。ああでもあなたの場合笑って前を向いて歩いているほうが気持ち悪いわね、そのまま地面だけを見つめてちょうだい』と、サポート一つに対して罵倒が三つくらい追加されそうだ。
「アトラ、あなたの記憶の中にあるファレノについて教えてくれますか?」
罵倒はともかく、マスターであるアサナギが質問をする。それにはさすがのアトラも答えなくてはならない。
「だから、言ったでしょ。あの変態、他の本命女に夢中で私には一切構わなかったの。メンテとか都合の悪い時だけパーツ入れ替えてあたしを頼るんだから」
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