第62話 再戦

 葵が小難しげな顔をして錫杖を見つめていると、自分の立っている地面に大きな影が差した。頭上を振り仰ぐと、京介を乗せた九尾がちょうど真上に来ていたところだった。


「お前ら!」


「全く、ちゃんと掴まってないからこうなるんだ」


 文句を垂れながら、九尾は葵の目の前に着地した。


「怪我してないだろうな」


「大丈夫大丈夫。ちょっとあちこちぶつけたけど」


 多分後で身体中にあざができるんだろうなと思いながら、葵は二人を安心させるためその場で元気よく跳びはねてみせる。


「なら良かった」


 ほっとした様子で京介が言った。

 そういう彼ら自身、特に大きな怪我は負っていないようだった。皆奇跡的に無事だったという幸運を、葵は胸中で噛みしめる。


「そんで、さっき突っ込んできた火はなんだったんだろう?おかげで助かったけど」


 京介がポツリと呟いたので、葵はついさっき自分が見聞きしたことを京介に話して聞かせた。話を聞いた京介は目を丸くすると、九尾の背から飛び降りた。飛び降りると、葵のもとへ来て錫杖をしげしげと眺め始める。


「これに神様が宿ってるの?そうは見えないけど……」


 話をした自分が気恥ずかしくなり、葵はひったくるようにして錫杖を京介の目線から外した。


「俺だって半信半疑だよ。神様が力を貸してくれるなんて言って、俺の錫杖に宿

ったなんて、今でも夢みたいだ」


「まあでも、夢じゃないのならこれほど嬉しいことはないよ。これで彼女を、龍神の牙を止められるかもしれない」


 京介に言われて、葵は錫杖をもう一度見つめた。

 火の神は、お前ならば私の力をうまく扱えるだろうと言っていた。借り受けた神の力を扱う。そのような大それたことが自分にできるようには思えなかったが、その言葉を信じてこの錫杖を振るうしかない。しかし普段の錫杖と様子が全く同じなので、本当にそうなのかとやっぱり不安になる。


「おい、悠長にお話ししてる場合じゃないらしいぞ」


 九尾の声で、葵と京介は水が激しく流れるような音が近づいてくるのに気がついた。身構えると、間も無くして立ち並ぶ建物を破壊しながら先ほどやられたと思ったはずの水の龍が姿を現す。

  水の龍は葵達の姿をみとめると、怒り狂ったような咆哮を上げた。体の表面の水は嵐の海のように荒れ狂い、目に当たる部分は青い炎が宿ったかのように爛々と輝いている。剥き出された殺意と闘志に圧倒されそうだ。


「おい、早く乗れ」


 九尾に急かされ、葵と京介は慌てて九尾の背へ走った。しかし、龍の方が一歩早い。耳をつんざくような咆哮を上げて、こちらに突っ込んでくる。これでは間に合わない。


「くっそ」


 葵は半分やけくそで錫杖を構えた。


「何やってんの!?」


 立ち止まって迫り来る龍と対峙した葵に、京介が目を剥いて叫ぶ。

 葵は錫杖を片手で持ち上げると、銛を突き刺す要領で振り上げた。そのまま大口を開けて飲み込もうとしてくる龍の口へ向かって、己の体ごと錫杖の切っ先を叩き込む。すると、いきなり錫杖の先端部から赤い炎が巻き起こった。炎は激しく燃え上がると、らせん状に回転しながら龍の体を口から尾にかけて貫いた。またもや龍の体は瓦解し、葵たちは頭から水をかぶるはめになる。


「すごい……」


 葵は、びしょ濡れになった顔を同じくびしょ濡れになった腕でぬぐい、握りしめた錫杖を見下ろした。

 錫杖は何事もなかったように静まりかえっている。だが、先ほど一撃で水の龍を倒したのは確かだ。確かにこの錫杖には、火の神の力が宿っている。

 葵は意を決すると、立ち止まっていた京介を追い越して九尾の背の上へ飛び乗った。


「九尾、これなら勝てる。もう一度連れて行ってくれ」


「わかった」


 九尾はすぐに頷いた。

 京介も九尾の背へ乗り込む。


「ほんと、とんでもない展開になったね。あとで神さまにちゃんとお礼を言うんだよ、葵」


「わかってるって」


 九尾は二人を乗せて、再び空へ舞い上がった。

 すぐに上空から菖蒲の姿を確認して、九尾は一直線に彼女のもとへ向かう。案の定、菖蒲はすぐに斬撃を飛ばしてきた。

 斬撃は、先ほどよりもさらに数を増やし、また大きさもより巨大になっている。


「ありゃもう僕の結界が通用するか怪しいね。九尾、お願いだから当たらないでよ」


 京介がそう言い放った直後、九尾は飛んできた斬撃を上に飛んで避けた。さらに続けざまに飛んでくる斬撃の軌道を読み、巧みにかわしていく。かわされた斬撃は葵たちの後方の地面に被弾すると、恐ろしい力で地面を抉り取った。

 その時、背後から再び龍の咆哮が聞こえた。

 京介は後ろを振り返って確認すると、「まただ」と心底うんざりした声を上げる。

 葵は錫杖をシャランと鳴らして言った。


「何度来たって同じだ。さっきみたいにまた倒してやる」


「いや、だめだ」


 九尾に止められ、葵は「なんで」と怪訝な顔をする。

 立て続けに連射された斬撃をかわし続けながら、九尾は答えた。


「あの龍は体が水でできてるから、何度だって再生する。あの女を止めるか、龍神の牙を破壊しない限りきりがない。俺たちで龍を引きつけておくから、お前はあの女を倒すのに専念しろ」


「でも」


「さっきみたいなヘマはしない。いいな。俺が行けと言ったら、お前はとび降りろ」


 葵に有無を言わせぬ態度でぞんざいに言い放つと、九尾はいきなり急降下した。矢のように飛んでくる斬撃を最小限の動きでかわし、驚いた表情を見せる菖蒲の頭上へ躍り出る。


「行け」


 半分唸るようようにして九尾が一喝し、葵は急かされるようにして九尾の背中から飛び降りた。

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