第32話 紅鳶の話

「あの東の森のあやかしたちとは、幾度も言葉を交わしたことがありました。初めて話をしたのは、私がここへ巫女見習いとして訪れた時です。

ちょっとしたいたずらをされて、説教したのです。こんなことをしてはダメよ、と。そのあやかしたちはみんなまだ子供でした。そのせいか、あやかし相手なのに不思議とそこまで怖いとは思いませんでした。だから、そんな真似ができたのでしょうね。」


 当時のことを思い出したのか、彼女は少し寂しげに笑った。


「それからも相変わらずあの子達は、街道をゆく旅人を驚かせたり転ばせたり、背中に落書きをしたり、そんな他愛もないいたずらばかりして。


 だから私は、時折巫女の務めの合間をぬっては東の森へ向かい、『まだいたずらしているの。いい加減にしなさい』と言い聞かせていました。でも、私は真剣に怒っているのにあの子達ときたら、なぜか私になついてしまって。『お姉さん、また来てね』なんて言い出すの。おかしいですよね。でも、とても可愛らしかった。


 そんなある日、私は子供達に連れられて、東の森の奥にあるあの子達の住処を訪れました。大人のあやかしでも出てくるんじゃないかと思いましたけど、そこにいたたくさんのあやかしたちは、皆子供でした。話によれば、皆みなしごで、似たもの同士一緒に暮らしているんだそうです。あやかしの子達は皆可愛らしくて、人間の子供とそう大差のないように思えました。その日も私は、子供たちに、あまり人にいたずらしないようにと釘をさして別れました。


 それからも、神宮の皆に怪しまれない程度に町を抜け出しては、あの子達の下へ通っていました。他に夢中になるものが見つかれば、いたずらをしなくなるんじゃないかと思って、手習いを教えたり、歌を教えたりもしました。神に仕える身として、あやかしと関わってはいけないのではないかと考えもしましたが、私にはどうしてもあの子たちが不浄なもののようには思えなかったのです。


 そう。いつの間にか、私にとってあの子たちの存在はとても大切なものになっていたんです。


 そしてあの日、羽衣神宮に参拝しに来た陰陽師の方と出会いました。あの方は、たまたま近くにいた私に声をかけてきました。


『この町の近くには、いたずら者のあやかしが出ると小耳に挟んだのだが、それはまことか。』と聞かれ、わたくしは『はい。』と正直に答えました。するとその方は自分は陰陽師だと告げられ、そのあやかしたちを懲らしめたいから、どこに住み着いているのか教えて欲しいと、私に尋ねてきたのです。


 私は答えるのに躊躇して、代わりにその方に『あやめるのですか』と尋ねました。するとその方は、少し笑って、『いたずら程度の悪さしかしないあやかしなら、そこまでのことはしない。少しお灸を据えてやるくらいだ。陰陽師が注意しにきたとなれば、彼らも少しは大人しくなるだろう。』とはっきりおっしゃられました。


 それを聞いて私は、相変わらずいたずらをしているようだし、私以外の人、それも陰陽師に説教されれば、あの子達ももう少しいい子になるだろうと思って、詳しい場所を教えてしまったのです。もちろん、手酷く傷つけるようなことはしないでくださいと、念をおして。そしてその夜、寝る前に私はひどい胸騒ぎを覚えました。その胸騒ぎの矛先は、あの子たちへ向いていました。私は寝巻きのまま寝所を抜け出して、東の森へ向かいました。そして、見たのです」


 紅鳶の顔がひどく青ざめているのに沙羅は気がついた。大丈夫かと声をかけようとしたが、紅鳶は構わず続けた。


「東の森の上空には、大きな五芒星の陣が浮かび上がり、その下では炎が上がっていました。それを見た途端、気が狂いそうになりました。あの子たちは無事なのかと、私は無我夢中で森へ向かい、あの子達の住処へ向かいました。たどり着くと、昼間の陰陽師の姿と、子供達の亡骸が見えました。そして、私が特に気にかけていたいたずら好きの子達が、今まさに、陰陽師によって殺められているところだったのです。


 その瞬間、私の耳に、頭に、もうすでに死んでしまった子達と、今まさに死にゆく子達の怨嗟や恐怖の声が流れ込んできました。それは自分たちを殺めた陰陽師の方へ向かっているものでしたが、近くにいた私にも聞こえたのです。しかし怨嗟の声を、呪う声を、陰陽師ははじきかえしました。弾かれた呪いの声は、まっすぐに私へ届いてきました。怖くて、怖くて、私はその場から逃げ出しました。


 一方的に殺された者たちの、恨み、怒り、呪いの声に耐えられなかったのです。転がるように森から走り出て、寝所に戻り、私は悪夢にうなされ熱を出して、三日間寝込んでしまいました。ようやく熱が治まり、気がつくと、私の肌には今肩を覆っているのと同様のものが浮き出ていました。


 すぐにこれは呪いのしるしだとわかりました。神主さまや他の巫女たちにひどく心配され、一体どこで呪いをかけられたのかと聞かれましたが、私は頑なに明かしませんでした。


 それから、呪いを解くために、様々な方法を神主様は試してくださいました。それでも、どの方法も呪いを解く効果はありませんでした。この呪いは、放っておけばいずれ死に至るようなものだろうということは私自身を含め、皆が察していました。


 日を追うごとに、徴が体を覆う範囲は広がっていきました。私はこのまま呪い殺される。そう毎日考えていました。しかし不思議とそれから逃れようという気持ちは湧いてきませんでした。この呪いは、私への罰だと思っていたからです。私があの陰陽師の方に場所を教えたせいで、あの子たちは死んだのです。私が殺したと言っても過言ではありません。あの時場所を言わなければと何度思ったか。


 わかっています。もし、私が陰陽師にあの子たちの居場所を言わなかったとしても、それならそれで、陰陽師は別の人に尋ねたことでしょう。この町の人は、東の森にあやかしが住んでいることは皆承知ですから。でも、場所を教えたのは私だった。それに、恐ろしくて、生き残っていたかもしれない子供たちを助けようともせずに逃げてしまった。それが私の罪なのだと、そしてこの呪いは私の罪に対する罰なのだと、そう考え、呪いにより死ぬことを私は受け入れました。


 でも、ちょうど二週間ほど前から、不思議なことに何もしていないのにも関わらず、呪いの徴の範囲が小さくなりだしたのです。これはどうしたことかと思っている時に、ちょうど私はあなたの噂を聞いたのです。女の子が、東の森のあやかしたちの亡骸を埋葬し、それから何度も通っていると。


 きっと、呪いが徐々に解けていく原因はこれだと思いました。でも、このまま私は呪いから解放されて良いのかと悩みました。この呪いは自分への罰だと思っていたのに。でも嬉しくはありました。その嬉しさは、呪いが解けてゆくことへの嬉しさではありません。あの子たちの魂が安らかに眠れるように、誰かが慰めてくれている。そのことが嬉しかったのです。私はあの夜以来、ずっと東の森を避けていました。せめてあの子たちの亡骸を埋葬してやりたいと思いながらも、情けないことに、自分が半ば殺してしまったあの子たちと、もう一度向き合うことが怖かった。そんな時にあなたの話を聞いて、これであの子たちの魂が救われるかもしれないと、安心したのです」

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