お兄さんへの提案

 わなわなと震えている小太りは、見た目とは裏腹に素早い動きを見せた。

 商品はそのままに、荷物だけを片手にその場から逃げ出そうとしたのだ。

 だが、そこは中級冒険者のユウキが許さなかった。


「うおわあっ!?」

「逃がさないよ!」


 空いた片手に素早く手を伸ばして掴むと、無属性魔法を発動して力を込める。

 年下の、それも自分より小柄な少年に負けるとは思っていなかったのか、小太りは変な声を漏らし、背中から地面に叩きつけられた。


「ぐへえっ!?」

「おぉっ! すまないのであーる、ユウキ殿!」

「いえ……僕がやらなくても、バールさんがやっていましたよね?」


 そう口にしたユウキだったが、その証拠にバールさんの立ち位置が先ほどから変わっている。

 僕と並んでいたはずなのだが、今では転がっている小太りが向かおうとしていた先で快活に笑っていたのだ。


「……は、速い」

「……変な喋り方なのに」

「あの人、凄いね!」


 僕とカズチが驚いている横で、ルルは興奮した様子を見せている。


「……あれ? カズチ、フローラさんとシルクさんは?」

「――こちらにいますよ」


 人混みの後方から声がすると、そちらにいた人たちが左右に分かれていく。

 そこから姿を見せたシルクさんを見て、その場にいた全員が驚きの表情を浮かべる。

 そして、シルクさんを見た小太りは顔色を絶望に染めた。


「王都の屋台通りで、何をしているのかしら?」

「……あ……あんたは……ライオネル家!?!?」

「今は、ストラウスト家に嫁いでいるけどね。衛兵」

「はっ!」


 身内に見せる顔とは異なり、シルクさんは毅然とした態度でバールさんに声を掛けた。


「この者の裏にいる組織を吐かせなさい。どのような手を使っても構わないわ」

「はっ!」

「せっかくだわ……この者以外にも粗悪素材を扱う者がいれば、聞いておきなさい! 彼らはカマドの『神の槌』からやって来た錬成師よ! 見つけ次第捕まえてあげるから、覚悟なさい!」


 シルクさんの演説に、野次馬が大歓声をあげる。

 一方で、錬成師である僕とカズチは顔を見合わせると、どうしたものかと困惑顔だ。


「……ごめんね、二人とも」


 そんな僕たちの様子に気づいたのか、シルクさんが申し訳なさそうに謝罪を口にした。


「こうでも言っておかないと、被害が増えそうだったから」

「えっと、俺はその、大丈夫です」

「僕もです。それに、僕が見つけて声を掛けたわけですし、ここで嫌だなんて言えませんよ」

「……ありがとう」


 嬉しそうに笑ったシルクさんを見て、僕たちも微笑む。

 バールさんは小太りを縛り上げると、こちらに会釈をしてから去っていく。

 野次馬にはシルクさんとユウキが声を掛けて落ち着かせている間に、僕とカズチは粗悪素材を購入しそうになっていたお兄さんに声を掛けた。


「あの、お騒がせしてすいませんでした」

「……」

「えっと、お兄さん?」

「えっ? あっ! いやいや、逆だよ! 助けてくれて、本当にありがとう!」


 我に返ったお兄さんは、僕の手を取って何度もお礼を口にした後、カズチにも同じようにしていた。


「このお金が無くなったら、恋人に贈り物ができなくなるところだったよ!」

「そうだったのか?」

「うん。掘り出し物の素材を見つけて、お兄さんがデザインした形に錬成してもらう予定だったんだって」


 そこまで話をして、僕は良いことを思いついた。


「そうだ! ねえ、カズチ。ちょっといいかな?」

「ん? なんだ?」


 僕はカズチの手を引くと、お兄さんから少し離れて小声で相談する。


「実はさ……だから……ってことで……」

「……おぉ……なるほど……いいねぇ……」


 カズチからも了承を得たところで、僕は満面の笑みを浮かべながらお兄さんに振り返った。


「僕が素材を選ぶので、錬成は錬成師のカズチにお願いできませんか?」

「……えっ?」

「俺たちからの提案なので、錬成代とかは要りません。騒動に巻き込んでしまった代わりにってことで」

「……えぇっ!?」


 助けることができたのは良かったが、色々と注目を集めてしまったのも確かだ。

 時間も貰ってしまったし、これくらいなら問題はないだろう。

 ……まあ、キャラバンで商売をする者としては失格かもしれないけど。


「いや、ちゃんと支払いはするから!」

「その分のお金も素材に回せたら、とっても良い物ができるんじゃないですか?」

「うっ! ……それは、そうだけど」

「俺たちはお金に困ってないし、売る物もたくさんあるから大丈夫ですよ」

「……うーん、本当に、いいのかな?」


 このままでは堂々巡りだと思った僕は、半ば無理やりな感じでお兄さんを説得し、野次馬が落ち着いたのを見計らってユウキとシルクさんにも声を掛ける。

 結果的には一緒に素材を探すことになったけど、これはこれで良かったのではないかと思っていた。


※※※※

【宣伝マラソン!】

 2020/12/04(金)に最新4巻が発売します!

 というわけで、本日から一週間は毎日更新で宣伝いたしますので、ご容赦ください!(笑)

 今回は、一番書きたかった王都編ですよー!


■タイトル:異世界転生して生産スキルのカンスト目指します!4

■ISBN:9784040738307

■イラスト:椎名優先生

■発売日:2020/12/04(金)


 ぜひとも、よろしくお願いいたします!!

※※※※

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