ライオネル家

 背負い投げをした兵士の衝撃が抜けきらないまま、僕たちはユウキの実家であるライオネル家の屋敷に到着した。


「……えっ? 屋敷、遠くない?」


 門から玄関までのアプローチが非常に長い……ではなく、広大? といえばいいのだろうか、徒歩で向かうとしたら汗だくになってしまいそうなほど、屋敷が遠くに見える。

 だが、ライオネル家は優秀な魔導師を排出している名門であり、当主のユージリオさんは国の魔導師長を務める人物だ。

 そう考えると、この敷地の広さも当然なのかもしれない。


「おぉぉっ! ユウキ様ではございませんか!」

「お久しぶりです。お客様もいるんだけど、通してくれるかな?」

「もちろんです! 旦那様と奥様にも先触れを走らせておきます!」

「ありがとう」


 最初は怪訝な表情を浮かべていた衛兵たちも、ユウキが馬車の中から顔を出すと笑顔になり、すぐに門を開けてくれた。

 本当はユウキが御者をすると言っていたのだが、さすがに貴族家の人を御者に据えて、僕たちが馬車の中でのほほんとするのは外聞が悪すぎるとフローラさんが断固拒否してくれた。

 そして、今の衛兵の様子を見ると、それが大正解だったと思ってしまうよ。


「ユウキが御者にいたら、僕たちは絶対に悪い目を向けられていたね」

「そんなことはないと思うんだけどなぁ」

「ユウキ君は平民の考え方に近くなったと思ってたけど、王都に来たらまだまだ考えが甘いんだねー」


 リューネさんが笑いながらそんなことを口にしている。


「ってか、本当に俺たちも中に入っていいのか?」

「わ、私、緊張してきたよ!」


 そして、生粋の平民であるカズチとルルはカチコチに緊張している。

 特にルルは魔導師の卵だったこともあり、その緊張はカズチ以上だ。


「大丈夫だよ。それに、バジェット商会があの程度で諦めるとも思わないから、王都にいる間は屋敷にいた方が安全だろうしね」

「全く、面倒な奴らだよね。……縛り上げて、ほったらかしにしてた方が良かったかな?」

「いや、それはさすがに。本当に人殺しになっちゃうからね?」


 僕が殺すわけではなく、魔獣が殺すことになるので問題ないのでは。と思ったが、口にすると白い目で見られそうだったので止めておくことにした。


「……はぁ。ジンの考えていることは、すぐに分かっちゃうよ」

「あれ? 顔に出てた? 今回は、上手く隠せていたと思ったんだけどなぁ」

「あはは! ジン君もまだまだねー。そういうところは、年相応の子供だわ!」

「そういうリューネさんは、年相応の態度じゃないですけどねー」

「私は常に、若い心を持っているのよ! それに、使い分けもできるからね!」


 ……そう言われると、納得するしかない。特に、バジェット商会とのやり取りの後だからね。

 大人の女性、それもできる女性を体現しているかのような態度と、余裕を見せるために常に笑みを浮かべていた。

 さらに、リューネさんは黙っていればとても美しい女性でもある。

 それだけの武器が揃っていれば、いくらバジェット商会が大きい商会だったとしても、先手は奪えるというものだ。

 まあ、実際にはこちらから商品を見せたりと、見た目の武器がなくても先手は奪えていたんだけどね。


「そろそろ屋敷に着きますよ。……あら?」

「どうしたんですか、フローラさん」

「その、屋敷の中からどなたか出てきましたよ?」


 その言葉にユウキが馬車の中から顔を出す。


「……は、母上!」

「ユウキ!」


 おぉ、どうやら母子の再会のようでございます!

 馬車が屋敷の前に停まると、ユウキが先に降りてリューネさんとルル、女性陣に手を貸して降ろしていく。

 フローラさんは冒険者なので、すでに御者席から降りている。

 最後に僕とカズチが降りると、ユウキのお母さんが笑顔で出迎えてくれた。


「久しぶりね、ユウキ。皆さまは、初めまして。私はユウキの母で、レイネ・ライオネルと申します」


 レイネさんの自己紹介を受けて、ユウキが僕たちを紹介してくれる。


「まあ! あなたがジン君なのね!」

「えっ? えっと、はい」

「ユージリオから聞いているわ。あの時は助けてくれて、本当にありがとうね」

「えっと、僕というより、助けたのはガーレッドの方です」

「ビギャーン!」

「うふふ、霊獣たちも可愛いですこと。外では失礼ですから、どうぞ中に入ってください。馬車は使用人に運ばせますからね」


 レイネさんはそう口にしながら、ユウキの隣に立っていたフローラさんにウインクをしている。

 緊張していたのだろう、フローラさんはびっくりして体を震わせていたが……どうやら、ユウキと恋仲になっているのはお見通しのようだ。


「それじゃあ、中へどうぞ。そしてようこそ、ライオネル家へ」


 はぁ。これでようやく、ゆっくりできるよ。

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