常識の勉強

 結局、地面にできた穴は後日調査することとなり、僕たちは鉱山の麓で二人と別れた。

 時間は六の鐘が鳴ったばかりであり、日没まではまだまだ時間がある。

 これからどうしようかと考えていたのだが、ヴォルドさんはナイフを渡した後の予定も考えていたようだ。


「ユウキとフローラとは明日約束をしてある。だから、今日は俺が教えられる常識の勉強だな」

「うーん、常識の勉強って言われても、何が普通なのかが分からないんですよね」

「……まず、その発言が非常識だと思うんだが、まあいいか。小僧は何が知りたいとかあるのか?」

「知りたいこと、ですか?」


 改めてそう言われると……僕は何が知りたいんだろう。

 とりあえず生産スキル! 生産職! って感じだったし、鍛冶スキルを習得して、魔導スキルも手に入れている。残すは錬成スキルだろう。

 生産関係以外で知りたいことなんて、この世界の歴史以外では深く考えたことはなかったよ。


「……ないのか?」

「……ちょっと待ってください、今考えていますから」

「……はぁ。小僧、一つ聞いていいか?」

「なんでしょう?」


 僕が悩んでいる姿を見て、ヴォルドさんが質問を口にしてきた。


「カマドの武具屋に置いてある商品の値段は知っているか?」

「……知りませんね」

「だったら武具屋を見て回るぞ」

「……へっ?」

「小僧を見ていて思ったが、一級品や超一級品をポンポンと作る割に、その価値については全く見当がついてねぇ。ってことは、武具屋の相場が分かってないんじゃないかと思ってな」

「確かに、そうかもしれません」

「鍛冶師をやるなら、まずはそこを学んでいないといけないところだぞ? そこは鍛冶の常識を教える奴の仕事かもしれないが、少しくらいは知識を入れていてもいいだろうよ」


 ヴォルドさん、そこまで気を利かせてくれるなんて。

 僕たちはそのままカマドへと戻り、武具屋巡りをすることにした。


 南門から戻ったこともあり、南地区の武具屋を巡ることにしたのだが、正直なところどこに入ればいいのか分からない。

 右を見ても左を見ても、武具屋や鍛冶屋が並んでいるからだ。

 これだけ乱立していると、一つや二つくらいは店が潰れたりしないのか心配になる。


「……と、とりあえずここに」


 迷いながら、僕は目に止まった武具屋を指差す。

 すると、ヴォルドさんは小さく声を漏らした。


「ほう。やっぱり小僧も鍛冶師ってことか」

「どういうことですか?」

「ここの鍛冶屋兼武具屋は、南地区でも有名な店なんだよ」


 有名なお店、というのは偶然なのだが、少し楽しみになりワクワクしながら中に入った。

 すると、そこには見たことのある人がいて驚いてしまった。


「──おや、お主はゾラさんの」

「あっ! お久しぶりです、ポニエさん!」

「そういえば、出迎えの時にテールさんもいたっけか」

「グランデも久しぶりだな。まさかこやつと一緒にいるとは思わなかったぞ」

「お二人とも知り合いなんですか?」


 ポニエさんが有名なクラン『ドライデン』の棟梁だってことは知っていたけど、ヴォルドさんと知り合いだってことには驚いた。


「武器の調達でな。『神の槌』もそうだが、『ドライデン』でも武器を調達したことはあるさ」

「『神の槌』と並べてくれるのは嬉しいが、おいらの武器じゃあ見劣りするだろう」


 照れながらそう口にするポニエさん。

 自分を育ててくれたクラン、そこと並べられれば誰だって照れてしまうかもしれない。


「それで、今日はどうしたんだい?」

「小僧に武具の相場を見てもらおうと思いまして」

「どういうことだ?」


 そこで、ヴォルドさんが僕の常識が崩壊していることを説明した。


「……なるほどなぁ。グランデが背負ってるのも、もしかしてこやつが打ったのか?」

「そうです……見ますか?」

「うむ」


 そう言って黒羅刀を手渡されたポニエさんは、手に持って瞬間にゴクリとつばを飲み込む音が僕の耳にも聞こえてきた。


「……これは、末恐ろしいな」

「まあ、俺としてはコクラトウを貰えた立場なので何も言えませんがね」

「ポニエさん、もしこれを普通に買おうとしたらどれくらいになるんですかね?」


 興味本位で口にした質問だったのだが、僕はその答えを聞いて呆気に取られてしまった。


「まあ……最低でも中金貨五枚、大金貨一枚くらいでもいいかもしれないな」

「……へっ? だ、大金貨、ですか?」

「それだけのものを貰えた俺は超運が良いってことだ」

「普通、これをあげるなんて誰も言わないね。グランデは、こやつが相場を知らなかったことに感謝することだわ」

「いや、まあ、相場を知っててもあの状況ならあげてましたけど、まさか大金貨ですか」


 そこまで高価なものに仕上がっているとは……でも、上級魔獣の素材を使った武器だからそれくらいするのも当然なのかもしれない。

 ……あ、あれ? どうしてそんな表情をしているんですか?


「相場を知っててもあげるのか?」

「はい。ゾラさんやソニンさんを助けるには、ヴォルドさんに武器が必要でしたからね」

「大金貨一枚よ? 何年遊んで暮らせると思っているの?」

「いや、人を助ける為には変えられませんよね?」


 確かにお金は大切だけど、それ以上に人の命は尊い。

 僕は一度死んでしまったからこそ、悲しむ人の姿を見たからこそ、ユウキの時や今回の王都へも同行したのだ。


「……ったく、お前は本当に子供なのか?」

「普通はそのように考えないのだがな」

「だけど、黒羅刀がとても高価な武器だということは分かりました。それじゃあ、他の武器の相場も見ていきましょう!」

「……連れてくるところを間違えちまったか?」


 いやいや、そんなことはないですからね? ポニエさんもいるし、大正解ですからね!

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