魔導陣とカズチの成長
カズチが手の中にあるエルフリムを見つめていると、ソニンさんが一枚の布を引き出しから取り出した。
「副棟梁、それは?」
「これは
「あっ! ユウキの家で勉強した錬成素材に付与を施す為のものですね!」
「……ま、まさか、副棟梁?」
カズチが顔を引きつらせている。
「魔導スキルについて勉強会を開いたことは知っていましたからね。カズチには、魔導陣を使った錬成を行ってもらいます」
ソニンさんって、意外とスパルタなんですね。
「こちらは水属性の魔導陣になります。水魔法の威力強化が付与されます」
「水属性だったらメルさんがいいんじゃないかな? 水魔法で壁を作って火の玉を防いでたし」
「それならちょうどいいかもしれませんね。もう一人の魔導師の方には私が準備するとして、エルフリムをそちらの方に使っていただきましょう」
「えっ! これを誰かに使わせるんですか?」
自分の練習用と思っていたのだろう、カズチはより一層の緊張感を漂わせた。
「大丈夫、カズチの腕は私が保証いたします。それに、私が王都に行っている間も練習していたのでしょう?」
「……はい」
大きく深呼吸をしたカズチが、ソニンさんから魔導陣を受け取り錬成布の下に敷く。
エルフリムを錬成布に載せたカズチは、真っ直ぐにエルフリムを見つめている。素材を見つめることで集中力を高めているのだろう。
今まではカズチの雰囲気から話し掛けたりしていたけど、今回は無理だ。真剣な雰囲気が部屋中を包み込んでおり、見ている僕も汗をかいてしまっている。
「……よし、始めます」
カズチの声が静まり返った錬成部屋に響くと、両手をエルフリムにかざしてリースを発動する。
ここまでは今まで見てきた流れであり、次からがカズチにとって重要な作業になる。
エルフリムに対して分解を施していく。
その直後、カズチの額からは大粒の汗が流れ落ちてきた。
ミスリルとアスクードを錬成したから分かるが、やはりエルフリムも反発力が強いのだろう。
素材からの反発力に負けないよう魔力を注ぎ、だが注ぎ過ぎると無駄になってしまうのでその加減に精神をすり減らしているのだ。
銅やケルン石以上に時間を使い分解を終わらせると、排除もやはり倍以上の時間を要して終わらせた。
「……ここからが、重要ですね」
「……大丈夫です。カズチならやれますよ」
僕の呟きに、ソニンさんが言葉を返す。
カズチの邪魔をしないようにと小声ではあったが、今のカズチには普通の声量であっても聞こえていなかっただろう。それほどに集中しているのだ。
溶けたエメラルド色のエルフリムから、浄化の光が溢れてくる。
今まで見てきた浄化の光の中で、エルフリムが彩る幻想的な光景は他の追随を許さないくらいに美しい。
そして、その光に照らし出されるカズチの真剣な表情が、錬成師を本気で目指している男の顔に見えた。
「……そっか、そうだよね」
僕は生産職を極めたいと思うあまり、鍛冶部屋だけでなく錬成部屋まで欲しいと言っていた。
だが、それは本気で錬成師を極めようとしている人間からすると、見ていて気持ちのいいものではなかったかもしれない。
カズチは優しいからそんな風に思ってはいないだろうけど、相手の気持ちを考えなければいけないと反省である。
浄化には分解や排除のさらに倍の時間を使い、ゆっくり、それでも確実に工程を消化していく。
そして、光が少なくなっていき浄化が終わりを迎えると、魔導陣による付与作業へと移る。
魔導陣に光属性を注ぎ始めたカズチの顎からは、すでに何滴もの汗がしたたり落ちている。
それでも集中力を切らさずに錬成が進んでいるのは、やはりカズチの成長の賜物なのだろう。
そして――錬成陣から溢れるリースの光とともに、魔導陣から青色の光が溢れ出した。
ユウキの家で見た時の赤色の光との組み合わせも美しいと思ったけど、青色との組み合わせもこれまた美しい。
そして、青色の光が溢れ出したということは、魔導陣に魔力が通い付与が完了した合図でもある。
すぐに構築に移ったカズチは、形を丸形にして錬成を完成させた。
「……ふうぅぅぅぅっ」
錬成が終わったエルフリムを見つめて、カズチが大きく息を吐き出す。
素材としてのエルフリムも美しかったが、凹凸がなくなり透き通るようなエメラルド色が、より美しさを増して輝いている。
「……凄い、エメラルド色だけじゃないや」
「……ピキャー」
ガーレッドもエルフリムの美しさに声を失っているようだ。
僕が驚いたのは、エメラルド色の中に薄っすらと青色が渦を描くように刻み込まれていたこと。
魔導陣を用いて水属性を付与したからこそ、そしてエルフリムの透明度が青色を内部に映し出したのだろう。
輝くエルフリムを手に取って出来上がりの確認を始めたソニンさんだったが、その表情は笑みを刻んでいる。
それもそうだろう。素材の善し悪しを見極める感覚に関してはゾラさんから太鼓判を押してもらっているのだが、その感覚がはっきりと告げてくるのだ――この素材は傑作だと!
「——カズチ、これは一級品に仕上がっていますよ」
ソニンさんの言葉を受けて、カズチは疲労困憊にもかかわらず、満面の笑みを浮かべていた。
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