王からのお礼
僕たちが部屋に到着した時には、すでにホームズさんの姿で大爆笑をかっさらった後だった。
「む、無念です!」
「コープスさんは何を言っているのですか! さっさと宿屋に戻って着替えさせてください!」
おぉ、少しだけホームズさんの口が悪くなった気がする。
「お待ち下さい! これだけのご迷惑をおかけしたのです、何かお礼をとラウジール王から
「お礼、だと?」
あっ、ヴォルドさんが反応してる。
「そりゃあ、こっちに来る為の費用や、襲撃を受けた時の被害に伴う補填金も入るのか?」
「もちろんでございます」
立派な髭を蓄えた老執事がはっきりと口にする。
「そうか……ダリルさん、交渉役としてちょっと手伝ってくれないか?」
「お、俺か?」
「おう、ちょっと相談があるんだよ」
これは、宿屋を買い取った時の話をするつもりだな。
ヴォルドさんの思惑とは異なり建物自体は解体されているわけじゃないのに、どうするつもりなんだろう。
「コープス様」
僕がそんなことを考えていると、意外な人物から声が掛けられた。
「えぇっと、なんでしょうか――ユージリオ魔導師長」
「せっかくですから、ユージリオと呼んでください」
「いや、さすがにそれは……それでは、ユージリオさんで」
王様も王様なら、魔導師長も魔導師長である。
まあ、心の中ではユージリオ魔導師長のことをユージリオさんと呼んでいたわけだから、このあたりが一番呼びやすい。
「ありがとうございます」
「それで、僕にどういったご用でしょうか?」
「なんじゃ、王に変わって小僧を引き抜きに来たのか?」
隣に立っていたゾラさんが少し警戒している。
魔導師長直々に声を掛けてくれることが珍しいことなのかもしれない。
「いえ、今の私は魔導師長としてではなく、友人の父としての立場で話をしたいと思っています」
「友人のって……ユウキの、父親としてってことですか?」
「えぇ。ケルベロス事件や悪魔事件の話はこちらにも届いております」
「あー、ケルベロス事件の時は僕がユウキを巻き込んでしまったので、逆にすいませんでした」
後先考えずにガーレッドを助ける為に飛び出したんだよね。
今になって振り返ると懐かしい気もするけど、巻き込まれた息子の親としては心配だっただろう。
それも近くにいるわけでもなく、別の都市で命の危険に巻き込まれたのだから。
「いや、冒険者としてやっていくのだから命の危険に晒されるのは当然のことです。それに、ケルベロス以上の事件でも助けていただいていますからね」
「でもあれって……箝口令が敷かれてませんか?」
最後の部分は小声で問い掛ける。
「こちら側からの箝口令ですから、当事者にお伝えするのは問題ないのですよ」
「そうなんですね…………あれ?」
「……小僧、お主は」
顔を手で覆っているゾラさんを見て、僕はまたしても誘導尋問に引っかかってしまったと理解した。
「ユ、ユージリオさん、酷いです!」
「小僧も少しは考えんか!」
「こちらの情報網を甘く見てはいけませんよ? オレリアは気づかなかったようですがね」
王都の情報網……いや、ユージリオさんの情報網と言うべきか、恐るべしである。
「安心してください。この情報は誰にも、それこそラウジール王にもお伝えしていない情報ですから」
「そうなんですか? でもどうして……」
僕が疑問の声を漏らすと、ユージリオさんは慈愛に満ちた笑顔で僕の頭を撫でてくれた。
「大事な息子を助けてくれたのが誰なのか、そして恩人が事件に巻き込まれているかもしれないと、一人の父親として調べた内容だったからね」
「そうでしたか……その、ありがとうございます」
「それこそ逆だよ。ユウキを助けてくれて、本当に感謝しているよ」
すっと手を差し出してきたので、僕は素直に握り返した。
とても大きく、そして温かい手のぬくもりを感じ、僕が当初抱いていたユウキの親に対するイメージが大きく変わっていく。
この世界では貴族としての立場から実の子供を切り捨てることも愛なのだとユウキは言っていたが、僕にはそれが信じられなかった。
どれだけ魔法の才がなくても、努力している息子を助けるのが親ではないのかと思っていたのだ。
だが、ユージリオさんはユウキが家を出てからも本当に心配をしていたのだろう。だからこそ悪魔事件のことも調べたのかもしれない。
「ユウキは、本当に良い友人を得たようだね」
「どうでしょうか。でも、一つ確実なことがありますよ」
「それはなんだい?」
「僕に素晴らしい友人ができたということです」
僕の言葉を受けて、ユージリオさんは一瞬驚いた顔をしていたが、すぐに笑みを浮かべてもう一度頭を優しく撫でてくれた。
その横ではゾラさんも微笑んでいる。
「……本当に、ユウキは良い友人を得たものだ」
その後、しばらくユージリオさんとの話に花が咲き、ゾラさんは問題ないと判断したのかソニンさんのところへ歩いていく。
今回のやり取りを、僕はユウキに伝えなければと思いながら会話を楽しんでいた。
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