謎の死体
賑やかな移動だったのだが、その空気を一変させる報告がロワルさんからもたらされた。
「──死体、だと?」
報告を受けたヴォルドさんは襲撃を警戒しようとしたのだが、次の発言を聞いて怪訝な表情を浮かべてしまう。
「その死体、顔に変な仮面をつけてるんだ」
「仮面だと? 仮面っていったら……」
そこでホームズさんに視線が向く。
仮面の暗殺者と対峙したのはホームズさん以外にいないからだ。
「ロワルさん、私をその死体のところまで案内してくれませんか?」
「わ、分かりました!」
ホームズさんに憧れを持つロワルさんは少し緊張した声で返事をして、二人で森の奥に消えていく。
その間は移動の足を止めて戻ってくるのを待つことにした。
──数分後、戻ってきたホームズさんから報告がなされた。
「私達を襲撃してきた暗殺者に間違いありませんね」
僕は内心で驚愕していた。
というのも、昨夜ホームズさんははっきりと口にしていたではないか。
『──ヴォルドでもあの速度に追いつくのは難しいかもしれませんね』
通り名持ちと互角か、それ以上の実力者のはず。その相手が死体になって現れたとなれば、ホームズさんの懸念が的中したことになる。
「ちっ! 敵には仮面の暗殺者以上の実力者がいるってことかよ」
ヴォルドさんでも敵うか分からない相手が、もしかしたら複数いるかもしれない可能性に舌打ちをしてしまう。
ホームズさんも難しい表情を浮かべていた。
「これは、本格的に急がないとヤバイかもしれないな」
「そうですね。相手がそれを許してくれればですが」
襲撃者がこのまま指を加えて何もしないとは思えない。十分に警戒しながらも、できるだけ最速で王都まで向かわなければならなくなった。
この会話の最中も、止めていた足を再開させている。斥候もロワルさんとラウルさんに加えてガルさんが出てくれている。
獣人の嗅覚はとても敏感なのでガルさんにしか気づけない何かがあるかもしれないとヴォルドさんが指示していた。
もちろん、ガルさんが抜けた護衛に関してはヴォルドさん自身がカバーしており、このあたりも当初から予想されていたことなのかもしれない。
しばらく続いた順調な行程だったが、嫌な予感は当たるものだ。今度はラウルさんから前方に魔獣の群れが見つかったと報告がなされた。
「数は?」
「昨日よりかは少ないけど、すごく興奮してる。今日の方が面倒かもしれない」
「ヴォルドさん」
報告の合間にガルさんからも声が掛かった。
「後ろから変な臭いがしやがる」
「変な臭いだと?」
「確証は持てないが、獣人の鼻を利きにくくする薬剤が撒かれたっぽい」
「となると、後ろには暗殺者の仲間がいる可能性が高いな」
ホームズさんでも取り逃がした暗殺者。そいつを殺した奴が後方にいるかもしれないのなら、昨日と同じ割り振りでは危険だろう。
「こっちには俺とザリウスが残る。すまないが、前方の魔獣はお前達だけで何とかしてくれ」
「昨日はお主に出番を奪われたからのう。やってやるか!」
グリノワさんがメイスを片手に意気込んでいる。他の面々も武器を取り、アシュリーさんは僕が打った
「指揮はグリノワに任せた」
「了解じゃ。それじゃあ行くぞ!」
駆け出していくグリノワさん達を見送ると、僕は馬車の中へと戻り交渉役と一緒にことの成り行きを見守ることになった。
昨日と同じように魔法による爆発音が轟くのに合わせて魔獣の咆哮が響き渡る。
皆の無事を祈っていると──
「どうやら、おいでなすったようだな」
ヴォルドさんの声が聞こえてきた。
僕は立ち上がり布の隙間から外を覗くと、前方の茂みから一人の仮面をつけた人物が姿を現した。
「……仮面の暗殺者って何人いるんだ?」
「分かりませんが、やはり昨日対峙した人とは違うようですね」
そう断言したホームズさんは、腰に下げていた長剣──キャリバーを抜いた。
「こちらの方が、実力は上のようです」
「……へぇ、それくらいは分かるんですね」
仮面の暗殺者は、ホームズさんの呟きに声を返す。その声音には子供っぽさが残っており、僕と同じか少し上程度の少年ではないかと感じられた。
「昨日襲ったあいつ、殺したのは僕だよ」
「なんですって?」
あまりに普通の声音でそう答えた暗殺者に、ホームズさんは目を細めて警戒を強める。
「だって、あんな雑魚が僕達の仲間だって思われるのは嫌なんだもの。実際に襲撃に失敗して、深手を負わされて戻ってきたんだよ? バカじゃないの?」
死者を冒涜する発言に、ホームズさんが先手で仕掛けようとした──が、ヴォルドさんが左手をあげて制した。
「あいつの相手は俺がやる」
「ですがヴォルド、敵は強いですよ?」
「だからだよ。それに、ガルが言っていた後ろの敵も気になる。お前はそっちを警戒していてくれ」
それを見た暗殺者は拍子抜けといった感じで口を開いた。
「
「俺が相手で悪かったな。だが、すぐに思い直させてやるよ」
「……まあ、
「俺が通り名持ちと分かっててその態度か。面白い、やってやろうじゃねえか!」
吠えたヴォルドさんは、大剣を振り上げると地面を陥没させながら一気に加速、暗殺者へと迫った。
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