過去と現在

 重い口を開いたカズチの言葉は、思いがけない衝撃的な事実だった。

 僕は何も言うことができず、ルルを両手で口を覆って驚いている。


「生きてるのか死んでるのかも分からないんだ。両親が王都に向かう時、俺は親戚の家に預けられた。一週間で帰ってくる予定だったんだけど、結局帰ってこなかった」

「今も、所在は分からないの?」

「分からない。そんなこともあって、俺は荒れに荒れてさ、気に入らないことがあれば喧嘩ばっかりしてたんだ。そのせいもあって、近所では有名な悪ガキになったんだよ」

「……そう、だったんだね」


 暗い表情を浮かべる僕とルルを見て、カズチは苦笑を浮かべながら話を続ける。


「そんな顔するなよ。両親が帰ってこないのは正直辛かったけど、今は十分幸せだからさ」

「ソニンさんに拾ってもらったからだよね」

「まあ、そうだな。『神の槌』が有名なクランだってことはガキだった俺でも知ってたし、悪戯するならここだって思ってな」

「悪戯って、何をしたの?」

「……こっそり中に入って食料を盗もうとした」

「……まさか、入れなかったよね?」

「意外にも入れたんだよ」


 カマド最大のクランに子供が忍び込めるだなんて、そっちの方が問題じゃないのか?

 そんなことを考えていると、カズチが種明かしをしてくれた。


「実際にはバレてたんだけどな。副棟梁が現行犯で取り押さえようとして見張ってたみたいなんだ」

「それはまた、やることが酷いね」

「泥棒相手に酷いも何もないと思うけど、まあそんなことがあって副棟梁に捕まったんだけど、そこで何故か知らないけど『神の槌』に入らないかって言われたんだ」

「急な展開だね」

「だろ? 俺だって驚いたよ。それでも悪ガキだった俺が『神の槌』に入れるって凄いことだと思って、その場で入るって言ったんだ」

「えっ! その場でって、親戚の人はどうしたのさ」

「副棟梁が家まで説明しに来てくれたんだ。両親が帰って来なくておじさんたちも俺をどうしていいか分からなくなってたから、すぐに頷いてくれたよ」

「でも、それって……」


 カズチはそう言うけど、親戚の人の態度を見るとそれは厄介払いができたって思われたんじゃないかな?


「ジンが考えている通りだと思う。実際、悪ガキだったわけだし追い出せてよかったんじゃないかな」

「でも、カズチくんは優しいし、友達思いだし、悪ガキだなんて思わないよ?」

「今は幸せだからな。なんて言うのか、余裕ができたってことなのかな」

「そうだね。余裕がなかったら、小さなことでも心が乱れてしまうからね」


 僕だってそうだ。

 元の世界で仕事をしていても納期間際になれば焦りもするし怒鳴りもした。

 こっちでもガーレッドが拐われた時なんかは余裕なんて全くなくて一人で突っ走っちゃったからね。

 余裕を持つことの大切さをしみじみと感じるよ。


「今の俺をおじさんたちが見たら、相当驚くだろうな」

「会ってないの?」

「『神の槌』に加入してからは一度も会ってない。俺も会いたいって思わなかったし、あっちからも訪ねて来なかったからな」

「そっか」


 個人的には会える時に会っていた方がいいと思う。

 ……死んでしまってからでは、もう遅いのだ。


「今も会いたいって思わないの?」

「どうかな、考えたこともなかったよ」

「それじゃあさ、僕が戻ってきたら会いに行ってみない?」

「はあ? なんでそうなるんだよ」

「カズチの成長した姿を見てもらいたいじゃん。親代わりみたいな人なんでしょ?」

「まあ、そうだけど……」

「ほら、こんな友達できました! 的な紹介はどうでしょう!」

「だったら私も行くよ! 私も友達だもんね!」

「いや、勝手に行く方向に話が進んでるし! というか話が逸れてるし!」


 カズチがつっこんでくれたおかげで話が脱線していることに気づくことができた、危ない危ない。


「まあ、そんなこともあってさ、王都にはいい思いを持ってないんだよ。だからさ、その、ジンも王都に行ったら戻って来ないんじゃないかって思ったんだ」

「心配してくれてありがとう」

「……すまん、変なこと言って」

「そんなことないよ。カズチの話を聞けてよかった。僕の方こそ、周りのことを考えずに突っ走っちゃってごめん」


 謝った後、僕はカズチの目を見てはっきりと口にした。


「絶対にみんなで帰ってくるよ」

「あぁ、俺たちはここで待ってる」

「うん、絶対に帰ってきてね!」

「ピキャキャー!」

「ガーレッドも頑張るんだって」

「何を頑張るんだよ」

「うふふ、ガーレッドちゃん可愛いねー」

「ピキューン!」


 両手で顔を隠し照れているガーレッドを見ていると、先程まであった緊張感がすっかりなくなってしまった。

 二人と話ができて、友達になれて本当によかった。

 自分を犠牲することなく、絶対にみんなで帰ってくるのだと、決意を抱くことができたのだから。

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