止まらない波⑪

「こ、これは……。もしかしてヴェロン? まだ羽化して間もない小型のヴェロンだよね? ということはもしかして、お二人はこのちっちゃいヴェロンを伝書鳩みたいにして事を伝え合っていたと?」

「え、ええ……。お察しの通りです。私たちは、こういった小型のヴェロンを小さなうちから我が子同然に共に暮らし、簡単な意思疎通が出来るぐらいに育て上げて互いに連絡を取り合っていたのです。し、しかし、こちらのヴェロンはすでに息絶えて……おります」

 そこでエイミーは崩れ落ちるように泣き出した。彼女はこの凶獣、いや小型のヴェロンを心底可愛がっていたのである。まるで生まれたばかりの赤子でも扱うかのようにそのヴェロンの亡骸にしがみつき、頬を摺り寄せながらわんわんと声を上げている。

「お許しください、小紋様。彼女には、ここに入る前に取り乱すなときつく申しておいたのですが」

 アリナが割って入り、エイミーの丸みを帯びた背中にそっと手を添える。

「そ、それは仕方ないことです、アリナさん。ね? それにエイミーさんも……。で、こんな時に伺っちゃうのも何なんですけど、そのの死にどういった意味があるんですか?」

 問われてアリナはエイミーを見やるが、どうにも答えられる様子ではなかったので、

「この件に関しては、わたくしもこうなってから知ったのですが、どうやらこの子はヘギンス元曹長が命を落とす際に深い傷を負ってしまったようなのです」

「なるほど……。要するに、この子はヘギンスさんの死に際を察知して飛び立とうとする際に、ヘギンスさんと対峙した人に傷を負わされたということだね?」

「いかにも。そして、そのやり取りには彼女らなりの符丁ふちょうが示すところにも意味が託されております」

「符丁? 符丁って?」

 符丁とは、その身内や仲間のみで共有される伝達概念や言語を意味している。例えば交通ルールで言えば青が進め、止まれが赤、と言ったようにそれだけで簡単な意味を相互理解出来る特徴を持つ。どうやらエイミーとヘギンスの間には、かつての戦乱の頃からそう言った意思伝達を行っていたということなのだ。

 そして、この三次元ネットワーク通信が発達した現代において、かなり原始的ではあるものの、この手段はかのヴェルデムンド世界で戦闘をするにおいてはかなり奇抜で有効な手段となっていた。

「それで? それで、その子にはどういった符丁が込められていたの、エイミーさん?」

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