虹色の細胞㊻

 ジェリー・アトキンスは、決して羽間正太郎という男の実力を認めていないわけではない。だが、生真面目一本やりの性格の彼からすれば、羽間正太郎という存在こそが邪道。何事にも泥臭く類まれな性質のみで困難に立ち向かう彼の姿は、ジェリー・アトキンスから見れば神の決めた道を打ち砕こうとする破壊者そのものである。

「うむ、アトキンス殿。君の言わんとすることは分かるのだが、その言い様だと君個人の見解にしか聞こえんな」

 横で聞き耳を立てていたリゲルデ・ワイズマン中佐が彼の言葉を制する。

 そしてさらに、

「その個人的主観のみを後ろ盾にしたのでは、彼を相手にして戦略はとても組めんよ。腐っても俺は同じ戦略家の一人だ。確かに羽間正太郎という男を表するアトキンス殿の意見には忌憚きたんないものがある。だがしかし、それでは確実な情報としての材料にはなり得ないのだ」

「その通りだよ、アトキンス君」

「ミスターナルコザワ……」

「彼のことは、この中で付き合いが長い私が一番心得ているつもりだ。確かに彼は老成などというにはほど遠いところもあるかもしれん。だが……」

「だが?」

「だが、確実にこれだけは言える。彼は……羽間正太郎という男は、この世で一番敵に回したくない存在だということだ。どうかね?」

 大膳に諭されて、ジェリーは言葉を飲んでうつむいてしまった。確かに鳴子沢大膳の言う通りなのである。

「一番敵に回したくない男――」

 それが心底自分自身が理解していたからこそ、彼はひどく幼稚な難癖をつけて羽間正太郎を揶揄やゆしていたのだ。

「もはや、老成などという言葉を持ち出したことが、一番恥ずかしい……」

 ジェリーは首を振って自らのことをいましめた。そこに、自らの恐れというものを理解してしまったからだ。

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