虹色の細胞⑨


 それほど悠長にはしていられるものでない。

「だって、この世界の四月ともなると……」

 それは新芽がいちじるしく成長を伴う時期でもある。いわば、この世界のヒエラルキーの頂点に君臨する〝肉食系植物〟が、と変貌を遂げる時期である。

「子供の頃は、こんなひと気のない場所だと、お化けとか幽霊だとか怖かったりしたけどね。今じゃそれよりもっと怖いものがあるんだよね……」

 そっと言葉を吐いてうかがうと、辺りは妙に静まり返っていた。それを嵐の前の静けさとでも言うのか、小紋は背筋に何か得体の知れないものを感じた。

「またクリスさんの言葉を思い出しちゃった……。僕は受容体質なんだって話……」

 厄介な体質ではあるものの、それは彼女を彼女たらしめる生き残るための生命線でもある。

 それは背筋も凍るような妙に冷え切った気配だった。

 それもそのはず。それは、あの時感じた圧倒的な殺意に満ちた気配だったからだ。

「とうとう、来るべきものが来たって感じ……なのかな?」

 自らの師を見習って言葉に余裕を見せてみたが、どうにも手の震えが止まらない。それは武者震いの類いとは違い、まさしく生物が圧倒的な危険を察知し本能的に見せる反射的反応である。

「羽間さん……」

 思わず小声で彼の名前を口走ってしまったが、それをしたところでどうなるものでもない。

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