偽りのシステム251


 ※※※


 正太郎が目を覚ました時、辺りはしんと静まり返っていた。

 そこは赤い砂の大地ではなく、照明の類いも整わない薄暗い坑道の中であった。

「う……クソッ。まだ、身体が上手く動かねえ」

 彼は、カプセルの開閉ボタンを手探りで見つけ出した。そしてハッチを開けると、外は圧倒的な焦げ臭さが充満していた。

「い、一体何があったんだ……? お、おい、エナ? そこにいるんだろ、エナ。返事しろ。ここで何があったのか、教えてくれ!」

 カプセルが置かれた坑道内は、まるで人気を感じなかった。

 正太郎の記憶は、あの火星での融合種ハイブリッダーの入ったカプセルとの邂逅の辺りで途切れている。

 勘の鋭い彼であるがゆえに、その融合種ハイブリッダー自体が、もしやもすればアイシャの可能性すら感じていた。

「なあ返事しろ、エナ!! エナったらよ! こちとら、まだろくすっぽ満足に身体が動かせねえんだ。強いて言やあ、こうやって声を張り上げるのさえれえ状態なんだ。なあ、エナ、返事してくれよ」

 彼は、そう言いつつも、カプセルのわきに腕を押し当てながら、気合で上半身を引き起こした。しかし案の定、びりびりと筋肉の繊維がほぐれる音が全身に響き渡り、と同時に背中全体に針が差し込むような激しい痛みがほとばしった。

「グ、グウウッ……!!」

 余りの激しい痛みにのけ反り返る正太郎。しばらく彼は、その痛みに顔を歪ませたまま歯を食いしばり固まった。

(これが現実に生きてるって実感だ……。どこか、そうなんだ。今までの電脳世界とは、まるで勝手が違うってわけだ……)

 しばらくして、徐々に痛みが落ち着いてくると、視界がうすぼんやりした物から、次第にはっきりと輪郭の栄えた色彩が富んだ物に移行して来る。

(これでようやく、俺が見ていた現実の世界に戻れたってわけだな)

 正太郎が、安堵のため息を吐いて、もう一度薄汚れた空気を大量に吸い込むと、そこでひとしきり女の子のすすり泣く声が聞こえて来た。

「エナ? エナなのか? そこにいるんだろ? おい、エナ。お前、なんで泣いてるんだよ。なんで何も答えてくれねえんだよ!」



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