偽りのシステム207

 ファッキン上等兵の鬼気迫る高笑いに、誰しもの背筋が凍り付いた。

 その昔――。

 フィスキー少年の両親ですら気づいていなかった事実。それは、彼の自らの容姿へのコンプレックスであった。

 彼は、フィヨードル家の一人息子として育てられた。そんな彼は、両親から平凡な家庭ながらも過度とも思えるほどの寵愛を受けて育った。

 両親は、息子に無償の愛を注ぐことによって、全てが良好に進むのだと信じ切っていた。そして、必ずそうなると感じていた。

 だが、当のフィスキー少年は、年齢を経るにつれて、見るからに醜悪な容姿に変貌していった。

 しかし、フィスキー少年はそのことで周囲の友人や隣人からも、からかわれたりいじめられたことなどなかった。まして、両親に罵られたり、見放されたりすることもなかった。

 だが、年齢を増すごとに彼の容姿は見るも無残に崩れて行く。特に、顔面の醜悪さと言ったら他の追随を許さぬほどであった。

 彼は、同じ世代の友人たちが、年を増すごとに大人びて美しくなってゆく様を羨望していた。そして、強い憎しみを覚えるようになっていた。直接言葉にも態度にも表面上には出さないが、激しい嫉妬の念に駆られていた。

「なぜ、わたしだけが。なぜ……」

 彼が女として生まれて来るべきだったのだと気づいたのは、フィスキー少年が十歳のころだったという。

 しかし、彼がそれに気づき、成長期を迎えたころには、彼の容姿はフィンランドの神話に登場する醜悪な表情のトロールにかなり近いものだった。

 中身が男であれば、それでも何とか受け入れることが出来たのであろう。

 だが、彼――彼女は違った。中身が女であるという自覚が芽生えてしまってからは、容姿に対するコンプレックスが、かのじょの精神を化け物と変えて行った。他の女性に対して、いや、次第に美しいものに対して、破壊の衝動が抑えられなくなって行った。

 エスタロッサ中尉は、こう分析する。

「そういうことなのです。フィヨードル上等兵の過去を洗えばすべてが一致します。彼女は、ずっと仮面をかぶりながら生きてきました。自分といういびつな存在を生み出したご両親への復讐を果たした後に……。そして、全ての美意識を破壊するために」



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