緑色の③


 クリスティーナは、改めてプロテクトスーツのアタッチメントを締め直した。目の前に自分の父親を殺した組織の一人がそこにいる。その後、夫の死によって母親が体調を崩し、結果死に追いやられてしまった原因がそこにいる。あの幼き頃の衝撃的な出来事が、今まさに目の前で起きているかの如く蘇ってくる。

 今まで、彼女の記憶による証言は誰も信じてくれなかった。唯一信じてもらえたとすれば、今の上司に当たる鳴子沢大膳のみであった。

 なにせ、あの出来事はまだ彼女が三才だったときのものなのだ。その三才の女の子が目にした証言など、誰が真実として真に受けよう。

 だが彼女は目にしたのだ。あの鋭く光る黄金色の円月輪を。その凶悪なる刃によって、あの優しかった父は一瞬のもとに頸動脈を裂かれ絶命したのだ。

 母は外出中だった。そしてクリスティーナ自身は、一人かくれんぼ遊びの真っ最中だった。

 そのころから彼女は好奇心旺盛で活発であり、その日も父親に構ってもらいたくて、家じゅうの至る所に隙を見ては身を隠し、父の様子を楽しそうに窺っていた。

 父廉造も、そんな彼女の性格を知ってか、その様子を楽しんでいる節があった。

 そんな独特な幸せを感じる最中に悲劇は起きたのだ。

 父廉造は、ソファの上に寄りかかり、何か古びた分厚い本を熱心に読んでいた。クリスティーナは父親の様子を窺いつつ、小さな体を目一杯押し込んでクローゼットの片隅に身を潜めていた。

 彼女はそんな父の姿を覗いていると、午後の光を浴びたレースのカーテンが不自然にふわりと揺らいだ。その直後、黄金に光る金属の輪が父の喉元目掛けて飛んできたのだ。

 父の喉元から噴水のように血しぶきがあふれ出した。それは見事なほどまでに部屋中を真っ赤に染め上げた。クリスティーナは、ただ茫然とその様子を見守っていた。

(お、とうさん……)

 彼女はハッとし、クローゼットの扉の隙間から飛び出そうとしたのだが、父は一瞬だけ意識を取り戻し、

(来るな!)

 と、彼女に向けて目で合図した。いや、クリスティーナにはそう見えていた。

 そして父はガクガクと痙攣を起こしたのちピクリとも動かなくなった。

 クリスティーナは怖くて動けなかった。クローゼットの中で冬眠をするシマリスのようにただ身を丸くして震えているしかなかった。


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