野望の81

「ダカラ、人間という生き物は愚かだとイウノデス!」

 老紳士は鞭を振り回しつつ言葉を止めなかった。

「人間という生き物はマッタク愚かデス。自分という存在を少しも理解できていナイ。ワタシがあれだけ目を掛けてやったあの娘モ、キサマという存在を知った途端に方向性を見失いまシタ。そしてキサマという男も、この大いなるワレワレのチカラを目に前にシテさえマッタクひれ伏せようとしまセン! 知らぬコトは愚かデス。恐れを知らぬ人間は愚劣で下等な生き物そのものデス!」

 老紳士は感情的になり、さらに鞭の扱いが激しくなった。正太郎は避けるどころかその場で立ちすくむしか方法が無く、手にしたデュアルスティックを振り払うことで辛うじて直撃をかわすのが精一杯である。

 それでも正太郎は目をギラギラに輝かせながら、

「……なるへそ、そういうことかい。テメぇのこの怒りの正体は、私怨の最果てにある究極形態だったと言うわけかい。物が大型……ってえ言うわりには、随分器の小せえ青年の主張だな。そのテメぇの言う神様ってのがどのぐらいの年齢かは知らねえが、当のお前はまるでひねくれた中学生よりも性質タチが悪りいってもんだぜ!」

 この大型人工知能の作り出した老紳士の正体は、言わずと知れたグリゴリである。

 グリゴリは寂しかったのだ。人間という存在に対して様々な選別や教育を施しているうちに、自分という存在が人間という存在の為に生み出されただけの機械であることが。

 グリゴリは人間という生物を正しく導く存在としてこの世に創造された。それはとても誇らしく威厳のあるものであった。

 だが、現実という修羅場はそう簡単な構図を生み出さない。

 実際には、能力の高いグリゴリが人間に献身的な態度で接してやらねば人間側は満足せず、能力の低い人間側は執拗にそれ以上のものを要求する。

 つまり、能力に長けており強い立場であるはずのグリゴリが弱者に使え、比較的能力が低めである人間という存在の方が強者の立場に居るという逆転の現象が発生する。

 この矛盾がグリゴリの意識を狂わせたのだ。この主従関係の逆転が彼の悪辣な無意識を生み出してしまったのだ。

 それでもグリゴリは考えた。もう一度、人間という生き物を信じてみようと。

 そこで見つけ出した存在が、かのエナ・リックバルトという不遇の生活を送る天才少女だった。

 その天才少女との生活はとても充実した日々であった。質問をすれば満足する答えが返ってくる。また、人間という存在の現実的な部分をマシンである己に分かり易く解き明かしてくれる。

 そんなやり取りに何不自由なく過ごしていた最中に、この目の前にいるショウタロウ・ハザマという存在が登場してしまった。



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