野望の69


 正太郎は、懐に隠し持ったエクスブーストを握りしめ、電力供給の大元となる発電施設へと急いだ。

 間違いなくヴェルデムンド新政府軍側も秘密警察側もそういった重要施設を厳重警戒しているはずである。

 だが、あと3時間も過ぎれば反乱軍側の無差別総攻撃が始ってしまう。

 この作戦を立てた正太郎としても、無差別総攻撃だけは避けたい。このままブラフの状態で作戦遂行が出来れば完璧である。

 確かにリスクが大きい作戦であるが、もし仮に本格的な総攻撃準備をしていなければ、相手側にその情報が漏れてしまったときに作戦が台無しになる可能性が高くなってしまう。その為、これは止むを得ないことなのだ。

 そしてもし、彼の作戦が失敗に終わった時は、両軍ともに甚大な被害が出てしまう。共倒れならいざ知らず、下手をすれば新たな怨恨の引き金を引いてしまい兼ねないのだ。そこまでこのゲッスンの谷を取り巻く状況はこじれてしまっている。

「アンナ……、きみは聡明で優しい女だった。だからこのゲッスンの谷の混沌とした状況を、きみなりに何とかしたかったんだな……。それは俺も同じさ。このまま両軍が戦い合っても不毛な未来を生み出すだけだ。やれ自然派だのミックスだのと言っても、そういった思想同士のいがみ合いの話とは今や別個の問題になっちまっている。この谷はただのお宝の奪い合いに過ぎん。それでは話が前に進まないどころか、別のいざこざを生み出しちまうだけだ……」

 彼は、弾倉の空になったM8000を確認すると、その銃を握りしめまじまじと見つめた。

 あの時、もし変電中継器に掲げられたエクスブーストを撃たなければどうなっていたか? もし、他にも彼女を救いつつあの状況を打破できる行動があったとしたならば?

 戦略家としても、一人の男としても彼はどうしても思い返してしまう。

「愛した女一人助け出せないこの俺が、不毛の谷に一矢報いるなんてそんな大それたことが本当にできるのだろうか?」

 と、ここに来て迷いが生じてしまった。

 彼とてまだ若かった。この地に渡って荒くれ共と抗争を演じたり、危ない橋の商売で命の危険に晒されてみたり、こうやって一心不乱に戦場を駆け抜けてみたりしても、まだ正太郎は一介の青年に過ぎないのだ。ここまで根拠のない自信によって破竹の勢いで突き抜けてきた功績があっても、それはいつも何らかの後ろ盾や犠牲があってのこと。自分だけの力にるものではない。アンナ・ヴィジットの痛々しい姿を思い起こすたびに、彼は痛切にそれを感じてしまう。


 

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