野望の67


 今度の吐血は今までより酷かった。彼女や正太郎の衣服だけでなく、そこらじゅうの地面までもが一面に鮮血で染まった。

 正太郎はアンナの咳き込みが落ち着くまで優しく抱きしめた。そして背中をゆっくりと撫でた。彼女は眉間にしわを寄せながらも、目を細め吐息でそれに応えた。 

 その時である。一機の偵察ドローンが羽音を鳴らしながら上空を通過する。正太郎はそれに気づき、彼女を抱きかかえるようにスクラップの間に身を隠した。

「もう……見つかるのは……時間の……問題よ。早く行って……ショウタロウ」

「…………」

 正太郎はまだ戸惑い気味であった。そんな煮えきらない態度に彼女は、

「お願い……。最後に一つだけ……聞いて」

「なんだ……?」

「キスして……」

 アンナは静かに目を瞑る。

 正太郎は言葉が見つからず、

「ああ……」

 と、一言だけ口にすると、アンナの薔薇色に染まる唇を優しく吸った。

 やがて二人は時を惜しむように見つめ合ったまま、

「もし……わたしがこのままユニットに取り込まれたとしても……、きっと……あなたのことは……忘れないわ、絶対に……ね? ショウタロウ……」

 アンナは潤んだ瞳で微笑み返した。

「ああ、俺もだ……アンナ」

 正太郎は彼女の額にキスをくれた。

 時間が経つにつれ、偵察ドローンの数は増してくる。ここで見つかってしまえば、アンナの言うように作戦の元も子もなくなる。正にここが潮時である。

「さようなら……ショウタロウ」

 正太郎は、彼女の言葉で背中を押されているのが分かった。彼女の思いが痛いほど伝わって来る。本当は離れたくない。だが、当然このままではいられない。

 重ね合った手の温もりが消えてゆく――。

 正太郎の生きてきた人生の中でこんなに時が辛く感じられたことはなかった。

 それでも彼は奥歯を噛みしめ、

「アンナ、さよならはこの次にとっておくぜ……」

「ええ……」

 正太郎はもう一度アンナの唇にキスをすると、そこから思いきり立ち上がって駆け出した。そして振り返りもせず、偵察型ドローンの死角を見つけながらその場を去った。

「アンナ……必ずまたどこかで会おうぜ……」

 その言葉は空しく宙を舞う。

 彼に残された時間はあと少ししかない。自らが設定した時刻が過ぎれば、自動的に反乱軍の無差別総攻撃が始ってしまうのだ。



 

 


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