戦闘マシンの㉕


 正太郎は、ゲネックの遺言とも取れる言葉に深い感慨を覚えた。しかし、このままでは他人の遺言どころか自らが遺言を書かねばならない。

 あの特殊なチャクラムが奏でる不快な高周波の音色。あの音さえ聞こえなければ、この酷い頭痛や目まいにも苛まれることはない。

「ここは一丁、勝負に出てみるか……」

 そんな決断をしたとき、正太郎は足元に落ちていた機銃の薬莢を耳穴に挿して四方八方から飛んでくるチャクラムを迎え撃とうとするのだが、

「げっ、なんだこりゃ!!」

 今まで耳先三寸で避けていたあの武器が、今度は危うく目と鼻の先を無音で通り越して行く。彼は間一髪というところで立派な鼻を削ぎ落されてしまうところだった。

 正太郎にしては珍しい浅知恵だった。チャクラムによる不快極まりない死の音波を急ごしらえで感覚を閉ざしたとしても、今度はどこから攻撃されているのか解かり難くなってしまった。なまじ普段から感覚に優れた人物ゆえに、いきなり何かを閉ざしてしまう方がリスクがあり過ぎるということだ。

「馬鹿なのか俺は……!! これじゃあ、敵の思う壺じゃねえか!!」

 これもあの特殊な音波のなせる業だと言いたい。彼らの摩訶不思議な攻撃は、相手を絶望に誘うだけではなく、不快な頭の痛みによってまともな思考さえ奪ってしまうのである。

「なんてこった、これじゃあ八方塞がりじゃねえか!!」

 正太郎はイライラしていた。この痛みを伴う目まいもそうだが、追い詰められて手も足も出せない状況にひどく焦りを感じているからだ。

 こんなに精神的な閉塞感を覚えるのは、日次悠里子ひなみゆりこを始めとしたあの一家がテロリズムに巻き込まれて他界してしまった時以来である。

 正太郎はあの時、彼女らに別れの言葉さえ言えず仕舞いであった。さらに、人生の目標さえ一瞬にして奪われてしまったのだ。その時の閉塞感によって、彼は自棄になり危ない橋を渡るような世界に身を堕としてしまったのだ。

 あの頃の彼の目に映る者は、その殆どが敵に見えてしまっていた。その殆どが愚劣な卑怯者に見えてしまっていた。だから、

「こいつらはとことんやっちまっていい……」

 そんな風に思えてならなかったのだ。

 正太郎は幼少の頃より類稀なる知恵者であった。それゆえに、烏合の衆では太刀打ちできぬほど性質が悪かった。

 確かに正太郎と対峙する輩は凄まじくあくどい連中ばかりであったが、それを彼は容赦なく完膚なきまで精神的にも追い詰めてしまう癖があった。

 追い詰められた方は、それは正に生き地獄。殺された方がましというぐらい悲鳴を上げて発狂するまでとことんやり込められていた。

 彼はその頃、それでいいのだと思っていた。正義とか悪だとかそういうのは本当にどうでも良かったのである。筋が通らず、的外れにあくどい連中は、その何十倍にして苦痛を味わわせてしまっても良いのだと思っていたのだ。

 正太郎自身、そういった意味で才覚がありすぎるがゆえに、闇社会の間でも非常に危険な人物として名が知れ出していた。

 そんな若かりし青臭い頃の器の小さな時代にまで思考が狭まってしまっている。あのチャクラムの術中によって。

「俺は何を考えているんだ……。ゲネックのおやっさん、助けてくれ……。このままでは、俺ァ、アンタに出会う前のくだらねえクズみてな厄介なテロリストもどきになっちまう……」



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