囚われの⑤ページ
小紋はこれは夢だと思った。いや、もうあの黒い鉄板をすり抜けた時から悪い夢の中に落とされているのだと思っていた。
このように幻想的でまたどこか現実的な風合いのある感覚。そんなものは今現在なら必要とあらば機械技術だけで製作可能な時代なのだ。個人の小さな記憶の片隅に潜んでいる古びた感覚なんてものを、記憶フィールドに随時フィードバックさせながら直接脳に見せてやればいいのだ。こんな奇術師程度のことなら容易に出来てしまう世の中なのだ。
けれど、これは何かが違う。
父大膳が、我が娘を思いやるがための憂いた眼差し。そしてどこか迷いを隠せぬ息遣い。これは夢の中に出てくるような己の記憶と幻想が作り出した自分勝手な感覚とはまるで違う。
そう、これは違う。全然夢なんかじゃない――
小紋の感覚が全身を通り抜けて全て引き戻されてゆく。
「お、お父様……? 本当にお父様なの? なんでここにいるの!?」
小紋は信じたくなかった。いや、信じられなかった。ここで見ているものは夢の中の出来事であって欲しい。そう思った。なぜなら、これが夢でなければ、小紋の今まで生きてきた思い出の全てが脆くも崩壊してしまいそうだからだ。
だが、
「これが現実なのだよ、小紋……」
大膳はハッキリと言い放つ。
「ど、どうしてなの!? なんでお父様がここにいなければならないの!?」
全く信じられない事だった。
秘密結社ペルゼデール・オークションの名の下に小紋は囚われ、一週間も収監されていたのだ。それがどういう意味を示すかと言えば、その理由はもう一つしか考えられない。
「お前はここに帰るのだ。この世界に。この地球に。この日本に。そして、この家、この母さんが暮らしたこの家で、婿でも迎えて真っ当に暮らしなさい」
大膳の地声は地響きにも勝る。
「嫌だ! 嫌だ! 絶対に嫌だよう! 僕はあの世界で暮らしたい。あの世界で精一杯生きたい。だからヴェルデムンドに帰りたい!」
小紋は頭を抱えて叫んだ。なぜ父がそんなことを言うのか解かるからだ。解かり合えている親子だからこそ、小紋は苦悩するのだ。そして父大膳も彼女の胸の内を知っているから苦悩するのだ。
小紋には、父大膳がなぜここにいるかのおおよその見当はついていた。
彼女はペルゼデール・オークションの捜査の過程で、様々な情報を得ている。だが、その情報は継ぎはぎだらけで一向に核心へは届かなかった。それは何故かと言えば、核心に触れようとすると毎度のように妨害が入るからだ。
羽間正太郎に会うために捜索を行っていたときもそうだ。彼女が、会えると確信して彼のアジトに踏み込んだ時には毎度のようにもぬけの殻だった。それが何度も続いたことでも合点がゆく。
そう、彼女の動きに合わせて羽間正太郎に情報をリークしていた人物がいたとしか思えない。
結局、小紋は羽間正太郎に出会えたわけだが、それは偶然の賜物でしかないことはさすがの彼女も心得ていた。たまたま別の捜査を行っていたところを、彼女がすれ違いざまに彼の姿を見つけ出し、いきなり声を掛けただけの話だったのだ。
それを考えても、意図的に彼女に妨害を加えていた何者かがいたことが分かる。つまりは、その人物こそが、発明法取締局の長官を務める父、鳴子沢大膳なのだ。
「そうか……。その様子なら、ある程度のことは理解できたようだね。しかしだな……」
大膳は言いつつ、小紋に近寄ろうとする。だが、
「嫌よ! 寄らないで! 変よ、こんなの絶対変よ! お父様は、僕のことを何だと思ってるの? 僕は僕なんだよ? お父様の操り人形じゃないんだよ!? 生きるか死ぬかを決めるのは僕の勝手なんだよ!?」
小紋はその場で立ち上がり絶叫する。
「馬鹿言いなさい! 大切な娘が、毎日のように命の危険に晒されている姿を見せられて、ただ指を咥えているだけの親がどこにいると思う!?」
「だからって、僕に何の相談も無しに陰でコソコソ裏工作するなんてひどいよ! そんなのひどすぎるよ!」
「当たり前だ! 私がどれだけお前のやんちゃ振りに心をすり減らしていると思っている!? そうでもしなければ、お前はあの男共々生死の境を彷徨うことになるんだぞ!」
「あ、あの男って羽間さんのことだよね? じゃ、じゃあ、もしかして……羽間さんをあんな目に遭わせたのもお父様だって言うの?」
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