嘆かわしや(壮絶な愚痴)
父が、もう限界そうだ。
昨年のバレンタインデーに、父は脳幹梗塞を起こした。父の異常に気づいた母からの電話で駆けつけた私は、脳梗塞だとすぐ気づいて救急車を手配。本人、歩いて乗車したし意識もはっきりしていたし、何より発見が早かったからと安易に考えていたら、脳幹への太い血管が詰まっていて、脳の左前にかろうじて血流があるだけで4分の3は真っ黒なMRIを見せられ、「明日までもたない」と御臨終寸前の宣言をされた。
カテーテルはやってもダメ元、よくて植物人間……と絶望的な状況だったが、カテーテル手術をして貰った。
我が家は、父に死なれては困る問題を抱えていたからだ。
「死なれては困ります。時間稼ぎで結構です。カテーテルをしてください」
そう言った私を医師が真っ直ぐ見つめてきた。あの目の色を、私はたぶん一生忘れない。
私には兄が二人いる。
次兄は行方不明、長兄は人間的に成長していない馬鹿兄である。更に長兄の嫁は輪をかけて幼稚だ。他県に住んでいるので実家には全く寄り付かず、二人の世界に浸っている。ままごとのような夫婦生活をしているのだろう。
そんな兄弟がいる為、遺言書を作っていない父が死んだら相続の問題が厄介になってしまう。
私はダーサンが経済的にしっかりしているから実家の相続など放棄できるが、行方不明の次兄がいるので身動きが取れなくなるのだ。
父は現金をほとんど残していなかった。株式をいくらか保有していて、しかも半分は母の出資なのに名義が父になっていて、ややこしくなってしまっていた。
入院手術と出費は母のなけなしの貯金から支払っているのに、手を出せない株式のせいで母が泣きを見るなんて、許せない。
ずっと苦労した母が、最後まで泣いて終わるのか。そう思ったから時間稼ぎをしてくれと、非情なことを私は口にした。幸い父は意識も戻り麻痺もほぼ無しだったが、高次脳機能障害で廃人に近い状態だ。
私は成年後見人申し立てを行い、無事に私が後見人になれたので、即、証券会社とやり取りをして保有株式を全て売却、銀行預金に送金させた。
父の財産は自宅と山林の一部、預金だけであるから、あとはどうとでも出来る。これで母を護れる。
カテーテル手術の時、駆けつけた長兄夫婦は馬鹿丸出しで私に喧嘩をふってきた。
真っ向から叩き伏せる私に、長兄は敵わず「うるせぇ、ぶっ叩くぞ!」と言った。
小学生か、お前は? 話にならないと見限った。だが、母には息子だ。だから母が父の容態等を連絡するのは止めなかったし、当然と思っている。
しかし妹に叩きのめされたプライドだけが高い馬鹿兄は、連絡すらしてこなくなった。
自分の親父だろうがっ。育てて貰ったんだろうがっ! 感謝もなんも無いのか、このあほんだらがっ!
嘆かわしや。人間、どこまで傲慢で愚かになれるんだ。
人生50年以上生きても、親の痛みすら理解できないのか。
どんな思いを両親がしていたのか、考えもせず、勝手に籍を入れ、里帰りもしない。それで長男だ? だから何だって言うんだ?
私は、ひとりっこだ。
短大時代くらいから、私は周囲にそう言ってきた。
ダーサンに嫁ぐ時も、そう言った。
「義父母はちゃんと最期まで私が看取るから、私の両親も看取らせてください。私はひとりっこだと、思ってください。お願いします」
土下座をして願って。そう覚悟して嫁いだ妹の気持ちなど、考えたこともないだろう。
好き勝手に身勝手に生きたのは、父ではない。おまえらだ。
あんたらを育てる為に頑張っていた父の何を見てきたんだ。何も言わずにコツコツ貯めた金を黙って用立てた母が、どんな気持ちだったか、考えたことはあるか?
末っ子の女だからと親に経済的負担を掛けられず、夢を断念して近場の短大に進学した私の本音を、聞く気もないくせに何が兄だ?
嘆かわしや。
兄弟など、要らん。
老いてまで子に泣かされる親を見るようになるくらいなら、いっそ丸めてゴミにしてやれば良かった。
父は、私と母で看取る。
連絡すらつかない兄など、もはや兄でも何でもない。
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