殺してなどやるものか!

「あの日、あなたが提案したんですよね。分割され、別々のものとなった妖異の共鳴の程度を知りたいと。そのために僕らを――被検体を集めて、わざわざ傷つけた。覚えていますよね。あなたは、笑顔で僕らを切り刻んだ」


 今ならわかる。

 七年前、第十一隊を壊滅に追い込みかけた妖異は、逃げ出し生きびた、ルカの仲間だった。言葉は通じなくとも、親しかった、彼らの誰かだ。


「…必要な実験だった」

「でも失敗した」

「違う! おかげで貴重なデータが手に入った、失敗などではない!」

「真っ先に逃げ出したあなたがそんなことを言うんですか。あのときにあの場にいた人たちは、僕たちを助けようとして、巻き込むかもしれない他の人たちを守ろうとして、被害を最小限にとどめようと、命まで投げ出した。あんたは何をした。そのデータさえ、持ち出せはしなかったんじゃないのか」

「黙れ!」


 飛び掛ってくる男に、囲んだ人たちの中から手が伸びたが、力なく宙をつかむ。

 どこまでもあのときの第十隊の人々と、両親と、重なる。

 はじめは単純な好奇心や純真な良心から。それなのに何故こんなことになってしまったのかと、怯え、しかし思いきれずに立ち尽くす。


 ルカは、メスを手にした総括を見ながら、ようやく思い出せた人たちの死をいたんだ。もう二度と、決して出会うことのできない人たちを。

 両親とその同僚たちを、恨むことはできないと思い知る。

 あの結果は彼らの望むものではなかったし、そこを目指していたわけではなかったのだ。はじめは、善意や希望だった。


「殺したいなら、頭を狙わないと」


 胸を切りつけられ、腹をえぐられ、血を吐いたから肺でも傷付いたかなと考えながら、ルカは指摘した。まだ声は出るようだ。

 再び腹をかき回され、激痛がはしるが、傷はできたそばから修復されていく。それが、切られるよりも痛い。

 切って修復され、それが何度も繰り返され、痛みに意識を失ってもよさそうなものなのに、逆に強すぎるからか、手放させてくれない。

 やがて、血みどろになった男は、笑った。狂気をたたえた目が、ぎらりと光る。


「殺してなどやるものか! 化物め! 肉片の一欠けらまでも、血の一滴までも、役立ってもらうぞ!」


 ルカを見下ろす男の方が、化物じみて見えた。

 激痛に耐えながらも、ルカの頭のどこかで、馬鹿なことをやった、と呟く声があった。わざわざ男を追い込んで、何をやっているのかと。

 早く死ねる方法はないかと、考え始めている。

 今の自分は、妖異しか吸収できないはずの鎖月の九の戒で回収できてしまうのだろうか。それなら誰か、やってくれないものか。


「――冗談じゃねェ、くたばり損ない」


 はじめ、その声はルカの耳を素通りした。


「俺の部下に何してる。死にたいか。そうか、死にたくてンなことしてんのか」


 燃えるような赤をまとい、太刀たちを下げて立つ。笑ったりねたりとくるくる変わる顔が、今は恐ろしいほどに美しい。まるで、鬼神のように。

 ルカの中に、信じられない思いと、やはりとの思いが交錯する。


「たい…ちょ…」

「ルカ。遅くなった」

「そん、な…」


 涙がじわりとあふれる。一緒に、冷たく凍えていた心が、動き出す。

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