そのときはお願いします

 部屋の一つにアズマが潜み、階の両端にある階段を背負うように、ソウヤとアラタが立つ。

 そうして、三人の作る三角形の中に妖異が入ったところで、封鎖用の結界を張ることになった。

 幸いにも封鎖結界を壊された術師たちの被害はそれほどでもなく、当直の中から一人ずつ、封鎖結界担当の三人に補助もついた。


「お前も治癒してもらったほうがいいんじゃないか?」

「大丈夫。フルヤこそ、避難しないでいいの」

「お前置いていけないだろ」


 そう言いながらもフルヤの眼は正直に、見逃せるものか、と輝いている。子どものようなわかりやすさだ。


 ルカとフルヤは、今、ソウヤの後方の階段に座り込んでいた。

 他には第四隊隊長のサガラがいるだけで、封鎖結界担当の六人以外には、リツが残るだけだ。他は一階へと移動している。

 本当であれば、サガラはともかくルカとフルヤも退くべきなのだが、ルカが言い張り、居残ってしまった。


 まだ、身体の中のざわめきが消えない。

 これがあの妖異と連動しているとしたら、滅されたときに何が起こるのかわかったものではない。

 大人しく治まればいいが、暴走したときのことも考えておかなければならないだろう。

 リツかソウヤに相談したかったのだが、その余裕もなかった。そして、今回の件に手を出そうとしない面々では、何かあったときに動いてくれるかどうかすら怪しい。

 それなら、この場に留まった方がいくらかましではないか。

 ルカとしては、せめて、ウタとフルヤには離れていてほしかったのだが、頑として肯いてはくれなかった。ルカが脂汗までにじませてしまったせいもあるだろう。


「キラ準尉。本当につらくなったら言ってくださいね」


 先ほど手短にあいさつを交わしたサガラは、穏やかな学者然とした五十前後ほどの男性だった。

 その印象を裏切らないままに眼鏡ごしに覗き込まれ、申し訳なさでいっぱいになる。この人も、本当のことを言えば誰も、巻き込みたくはない。


「はい、そのときはお願いします」


 言った直後に、どくりと身の内が跳ねる。

 同時に、今では、腕だけなのに成人男性と変わらないほどの大きさの妖異が、壁を突き破って廊下に現れた。

 その前にはリツが立ち、アズマの潜む部屋の前まで、自分をおとりに誘導しようとする。


「危ない!」


 叫んでから、ルカはそれが自分の声だと気付き、腕の指の一本が錐のように尖るのを見た。

 リツは、頭目掛けて突き出されたそれを後方に――アズマのいる部屋の方へ跳んでのがれる。

 ソウヤらが走り、いくらか妖異とリツとに近づく。

 リン、と、封鎖のための鈴のついた専用の武具を打ち鳴らし、三組が呼吸を合わせていく。鈴の音は音楽のように鳴り響き、やがて、ぴたりと重なった一音で終わる。

 その余韻に重ねるように、ソウヤらの声がそろって発された。


「守月、九の式!」


 ふわりと、三人で形作った三角形の中から風が吹き、そこだけ色が劣化したようになる。リツの赤い隊服だけが鮮やかに、他はセピアの幕をかけたように色が沈む。

 封鎖の完了だ。


 リツは、身長よりも長い棍棒を武器に、狭い廊下にもかかわらず、舞うように腕の攻撃を避け、逆に、打ち据えたり九月の詠唱で攻撃したりする。

 封鎖された空間の音はこちらには聞こえないが、リツの方が優勢だろうことは見て取れた。

 だがそれよりも、ルカは、体内のうごめきと腕とか連動していることを確信した。


「サガラ中将」

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