そこの食堂でいいなら

「生け捕ったって、あの鳥の影響?」

「――ヒシカワさん」


 冷たく呆れた調子の声に顔を上げると、いつの間にか一人の少女が立っていた。

 思い切り短くした蜂蜜色の髪をかき上げ、ヒシカワ・サクラはルカを見据えた。ルカとほぼ同じ身長のため、碧の目に真っ向から捉えられてしまう。

 同期で一番の才女にして、先月から第十一隊に移動してきた、ルカの同僚でもある。


「変な同情しない方がいいわよ。私たちが手を抜いたって向こうもそうしてくれるわけじゃないんだから。殺せないなら、足手まといになる前に隊からは退いた方がいいんじゃない?」      

「うん、ありがとう」


 もっともすぎる意見に礼を言うと、ヒシカワは酢を飲んだようなかおになった。ルカは、少し困って話題を変える。


「ヒシカワさんも、今日だったんだね」

「そうよ。付け加えれば、スガ君も。彼はもっと後みたいだけど」

「そうだったんだ」


 もう一人の同期の同僚の名に、そうすると今日は第十一隊はほぼ活動停止だろうか、と思う。

 数日前一斉に行われた学科試験とは異なり、実技試験は時間をずらして一人ずつ行われるため、業務を一時抜ける形での実施になる。

 ルカもヒシカワも、だから朝は、いつも通りに出勤だけはしている。

 昼を挟みそうだから戻るのは午後からでいいと言われていたが、それなら早く戻ろうかと、ルカは算段を立てかける。

 そこで、ヒシカワに睨みつけられていることに気付いた。 


「…何か?」

「せめて、同僚の予定くらい知っておくべきじゃない? プライベートはともかく、仕事中のことでしょう。あなた、もう少し周りに興味を持ったら?」

「ああ…うん。そうだね、ごめん」

「――あなたと話してると苛々いらいらする」


 吐き捨てるようにげて、ヒシカワはきっぱりと背を向けた。


 ルカとヒシカワは、学生時代はろくに接点がなく、関わりができたのは実質、この一月足らずのことだ。短期間に、見事に嫌われたものだ。

 心当たりがあるようなないような気がして、ルカとしてはどうにも身の置き所がない。


「キラ、あいつに何かしたのか」

「――気配を消して近付くのはどうかと思う」


 二度目の不意打ち、しかもこちらも同僚だ。ルカは、一呼吸置いて、いつの間にか下がっていた頭を上げた。

 短い麦色の髪と濃緑の眼にぶつかる。

 上背のあるスガ・ミヤビを見上げ、ルカは首をかしげた。スガは、白の練習着ではなく赤い隊服を着ていた。


「隊服? それで受けるの?」

「違う、昼だ。付き合え」

「そこの食堂でいいなら」


 地下と最上階にある食堂では地下の方が安上がりで、ルカはそこの常連になっている。

 スガは、妙な顔をした。甘いものを口に入れたつもりが実は酸っぱかった、あるいは、何かを踏みつけたが未知の感触だったとでも言いたげだ。


「何か都合悪い?」

「…俺から誘ったんだ、おごる。地下に行く必要はない」

「いいよ。近いし、おごられる理由もない」

「理由…」


 整った顔をしかめ考え込むスガを、ルカは半ば呆れて眺めやった。

 理由もなくおごられては借りを作ったようでわりが悪いとルカは思うが、スガは違うのか、とも思う。


「混むから、僕は行くよ。スガ君も、午後は実技なんでしょ。早くしたほうがいいんじゃない?」

「ああ…。変な奴だな、キラは」


 宣言通りに歩き出したルカに大股で追いつき並んだスガは、しげしげとルカを見つめた。ルカとしては、変なのはどちらだと言いたい。

 同僚として顔を合わせたスガは、気安さはあまりない上に口調も態度も横柄だが、以前ロビーで行き合ったときほどの敵意は向けられていない。それどころか、学生時代よりも大人しい印象がある。

 もっともそれも、まだ一月足らずのことでしかないのだが。

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