怒った?

 ゆっくりと顔を上げると、ソウヤが肩をふるわせ、時折痛みにうめきながら、やはり笑っていた。

 どのくらいか、黙然とルカが待っていると、徐々に笑いをおさめ、やがてにっこりと、笑顔でソウヤが顔を上げた。


「いやあ、ごめん。怒った?」

「いえ。怒った方が良かったですか?」


 挑発されているのだろうかと思いつつ、ルカが怒気なく返すと、ソウヤはまた、くすりと笑った。


「いや、お好きなように。ああ、これは嫌味じゃなくてね。リッさん、口悪いだろう?」

「はい」

「あれと同じで、性格悪いのは俺の基本だから。下手に取りつくろった対応してると後々つらくなるよ、っていうのは素直な忠告」

「ありがとうございます」

「君はそれ、地?」


 素朴な疑問、と付け加えたくなるほどにあっさりと訊いたソウヤは、心なし、目を光らせている。

 ルカは肩をすくめた。


「どうでしょう。対する人によっても変わります。そういうものでしょう?」

「ふうん」


 なるほどねえ、とソウヤが呟く。

 不意にソウヤは、見舞い客が持って来たらしい果物の詰め合わせを指さした。


いてくれるかな。ナイフと皿はそこの引き出しに入ってるから、食べよう」

「はい。どれにしますか?」

「君、パシリとかにされなかった?」

「厭なことは断ってますよ。そこまで付き合いはよくないです。ちなみに今は、喧嘩を売られてても買いません」

「俺が上司だから?」

「怪我人の上に上司で先輩だからです。それに、信用できないのは仕方ないです。隊長にも、全然期待してなかったって言われました。ご迷惑でも、よろしくお願いします」


 とりあえずルカは、赤い林檎りんごを手に取って剥いた。

 白と赤のコントラストに、つい、兎の耳を残してしまう。そのことに気付いたのは、皿にのせてソウヤに差し出した後だった。

 兎に見えるように剥かれた林檎に、ソウヤは目を見張り、笑った。     


「かわいいね」

「すみません、つい。剥き直します」

「いや、これがいい。小さいきょうだいでもいるの?」

「そんなところです。いちいち歓声を上げてくれるものだから、つい…」

「楽しそうでいいね」


 当たりさわりのないこたえだが、ルカは、笑顔で頷いた。

 親もろくに覚えておらず取り得もない自分を、無条件に受けれてくれる家族たち。ルカがリツに話した入団理由に嘘はない。入団すると寮生活になってしまうのが、厭で仕方がなかったくらいだ。

 そういったつながりを知っているからこそ、ルカはもう一度頭を下げた。


「本当に、すみません。入院されていることは知っていたのに、一度も」

「いいよ。訊いたところで、リッさんも詳しいことは言わなかっただろうし」


 林檎兎を珍しそうに眺め回した末に一つをかじったソウヤは、皿ごとルカにも勧めた。爽やかな噛みごたえと、つまった果汁が口に広がる。


「本当に失礼な話だけど、俺もリッさんも、いつものように君がすぐに他に行くと思ってたからね。妙に気にされても困ると思ってたんだよ。悪いね」

「いえ。本当に使えませんよ、自分は。…昨日参加した実戦で、隊長に怪我をわせました」

「あー、なるほど」


 うんうんと、ソウヤは頷いた。林檎をかじりながら。


「それで流れがわかった。早く辞めるか移れって言われて、残るって言ったわけだ。物好きだねえ」

「自分が――」

「待った、それなし。いいよ、俺だって俺って言ってるし。リッさんにしてからがあれだからね。場所だけに気を払えば十分。君も好きじゃないでしょ、それ」

「…はい」

「その方がうちには向いてるよ」


 笑いながらウサギたちを順に胃袋に送り込んでいってしまい、ルカは、追加でもう一つ剥いてみた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る