第40話 雷光肉薄


 エストリア北東の国境付近。

 そこでタカシとマーノンが並んで歩いていた。

 マーノンは時間短縮のため、タカシを抱きかかえて運ぼうと提案したが、タカシはこれを拒否。

 ふたりはその足で、カライ国へと向かっていた。



「急に、どうされたんですか? 『カライに行くから自分に一緒についてきてほしい』なんて」


「い、いやだなぁ、なに殺気だってるの? すこし仕事をしに行くだけだよ」


「仕事ですか……それは、誰かの命令――とかですかね?」


「……す、鋭いなぁ」



 マーノンはタカシの問いかけに、苦虫を噛み潰したような顔をする。



「それも、聖虹騎士に命令できる立場の人間なんて、限られてきますよね」


「ははは……ずばずば突っ込むね。もう勘弁してくれない?」


「……あの、いまエストリアは戦時中なんですよね」


「そうだね」


「相手はあの東の大国、鳥羽トバ


「うんうん」


「なぜいきなり?」


「さぁ……。でも、トバではすごい鉱石や資源が取れるって聞いたことはあるかもね」


「それが目的……ですか?」


「な、なんで僕に言うのかな……、けど、その鉱石で造れる刀や武器は凄まじい威力をもつといわれているんだ。ちょうどシノさんが持ってる剣の素材のようにね」


「シノさんの刀はエストリア産の魔具じゃないんですか?」


「うん。他の聖虹騎士に関してはみんな、エストリアで造られた最上級魔具を使ってるんだけど、シノさんだけは特別でね。トバで造られた賀茂カモと呼ばれるカタナ・・・を使ってるんだって」


「そうなんですね」


「ちなみにこのまえ見せてくれたルーシーちゃんの剣は……あれはトバ産の剣なんでしょ?」


「いえ、あれは――自分で鍛えたので」


「ふぅん?」


「そういえば、シノさんや王――マーレー殿は?」


「シノさんは大丈夫。元気にしてるよ。王は……ちょっと元気ないかな?」


「それにしても、ほんとうにマーレー殿があのようなことをしたのでしょうか?」


「わからないね。でも、そうした証拠は全部揃っているらしいんだ」


「証拠、ですか」


「うん。山賊のことしかり、屍人の研究やトバとの裏取引とか、気味が悪いくらいに出揃いすぎ・・ている」


「トバとの裏取引……?」


「あ、しまったな……。これは秘密なんだけど……まあ、でも、もう聞いちゃったよね。えっと、シノさんがトバの姫様だってことはもう知ってるよね」


「はい。まあ、驚きましたが……」


「シノさんは交換留学みたいな感じでエストリアに来たんだけど、同時期にロンガさん……は会ったことあったっけ?」


「いいえ。でも、話だけならデフ殿から聞きました。赤色の撃滅騎士ですよね」


「そう。その人がトバに行ったんだよ。ただ、その交換留学がじつは裏の意味もあったらしくてね。……表向きは両国の関係を良好にするため、お互いの国の、身分の高い人がそれぞれの国に行って、見識を広めてきて、取り入れるべきことを本国に持ち帰る。それが表向きの交換留学の目的」


「待ってください、シノさんの身分が高いのはわかっていますが、ロンガさんは……? たしか、マーレー殿にはお子さんはいなかったはずでは?」


「そう。王には子供がいない。だから、そこで交換にだしたのが、ロンガさん。大臣の息子さんだよ」


「そう、だったんですね。ということは……」


「そう。キミと仲のいい、ヘンリーくんのお兄さん。それがロンガさんだね」


「……聖虹騎士トップの兄貴と比べられれば、そりゃ嫌になるわな……」


『ですね。そのうえでお父さんである大臣さんにあんなことをされたら……』


「それで、結局裏のほうの目的とは?」


「お互いの国の、研究の交換さ」


「研究の交換……それって……」


「そう。トバはシノさんとともに、屍人の研究を寄越してきた」


「そんなことが……? では、こちらがトバに提供した研究とはなんだったのですか?」


「それはまだわかっていない。けど、大臣がこれを知って激怒し、王の悪行を暴いた。事実、そのせいで多くの人が死んじゃったからね。……そして王代理となった大臣はトバにその報復として、宣戦布告したんだ」


「しかし、先ほどはトバで採れる資源と……」


「それは戦争の副産物でしかない。それで、これが本当の理由……とされている。あくまで憶測ではあるけど、たぶんあってるんじゃないかな」


「なんでそんなことを、自分なんかに」


「だって、話さないと殺されちゃいそうな表情カオしてるからさ」


「……ッ!?」


『だ、大丈夫ですよ。タカシさんの顔はいたって真顔でした。たぶん、マーノンさんのブラフです』


「……なかなかどうして、マーノンさんはいい性格をしていますね」


「え、そうかな? 照れるよ」


「褒めてません。皮肉です」





 カライ国。

 その惨状は酷いもので、国内にはケガ人以外の大人の男はほとんどいなかった。

 現在のカライを構成するのは、大半が女子供。

 ほとんどの男が、さきの戦争で命を落としていた。



「どうぞ、お引き取りください」



 タカシとマーノンは、カライ国王の屋敷へとやって来ていた。

 妃と呼ばれている女性は、淡々とした顔でふたりにそう言い放つ。

 彼女もまた、戦争で夫を亡くしたひとりであった。



「そういうわけにも参りません。こちらとしても、このまま手ぶらで帰るわけにはいきませんので」


「ここにはもう、あなたたちが探しているようなものなど、おいていません」


「失礼ですが、夫人。私共はなにひとつとして、探し物をしているなど言ってはいませんが」


「ッ!? で、では何のご用件で……?」


「もちろん、今仰った、その探し物でございます」


「うわぁ……」



 タカシとルーシーが、半ば呆れにも似た声を出した。



「やはり、アレはここにあったのですね。よかった……これで首の皮一枚つながりました」


「ですから! ……私のところにあなたがたが求めるような探し物などは――」


「いいですか、夫人。アレがどれほどの効力をもっているか、知っておいでですか」


「…………」


「教えて差し上げます。今すぐに私に渡してくれないと、貴女の命すら危ない。……そしてそれは、あなたのご子息も同様です。そして、あなたの夫……カライ国王の名誉回復にもなり得る切り札です」


「それは、脅しという意味でとってもよろしいのですか?」


「貴女がそうやって、悠長に構えているのはかまいません。しかし、差し出がましいようですが、私たちはここへはあなたの命を救うようにも言われているのです。これが、わかりますか?」



 タカシはすこし怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐにそれを引っ込めた。



「それを貴方に命じたのは誰ですか?」


「それは……、この場では言えません」



 マーノンはタカシをちらりと見ると、カライ国妃に向き直った。



「……カライ国はもうこの有様です。いまさらなにを――これ以上なにを望まれるのですか。あなたがたには、人としての心は持ち合わせていないのですか」


「残念ながら、あなたのいう人としての心と、私たちのいう人としての心とでは多少、意味が違ってくるでしょうね」


「詭弁を……!」


「……さて、無駄話はこれくらいにしておきましょう。私たちとしてもここで手荒な真似をして、傷口に塩を塗り込むようなことはしたくないのです」


「……わかりました。私がいくらここでゴネていても、時間の無駄ということですか」



 妃は侍女を呼びつけると、赤い帯で丸められている書簡をマーノンに手渡した。



「なるほど、その方が持っていたわけですか……。道理で、誰も見つけられないわけだ……」


「これは主人に『最後の切り札』として託されたもの……後生です。これで今後一切、カライには近づかないでください」


「かしこまりました。私のほうからも、そう強く進言しておきましょう」


「……いまここで、あなたがたを八つ裂きにしたいところですが、いま、カライ国民を総動員しても、貴方には傷ひとつつけられないのでしょうね……」


「賢明な判断です。そうなってくると私どもは否応にも防衛・・しなければなりませんからね」


「さあ、お引き取りください。もうその顔を見せないでください」


「夫人の英断に神の祝福を……」



 その言葉に、妃は明らかに不快そうな表情を浮かべた。

 しかし、それ以上は何も言わず、妃は屋敷へと姿を消した。



仕事・・は、終わったんですか?」



 マーノンの横にいたタカシが遠慮がちにそう言った。



「ああ、うん。じつはまだすこし残ってるんだけどね」


「ちなみにその書簡は……?」


「あ、これ? これは――」


「王都内の水道インフラ事業計画並びに、屍人研究の資料ですか?」


「な、なんでそれを……?」


「やっぱりそうだったか……」


『はい、アンさんの言っていたことは正しかったようです。ということは、マーノンさんはやっぱり――』


「マーノンさん、こんなことになってしまうのは非常に残念ですが、その書簡をこちらへ渡してはいただけませんか?」


「……なんでかな? それに、気をつけたほうがいい。その申し出は場合によっては謀反の意思ありととられるよ? 悪いことは言わない。撤回するんだ。今すぐに」



 マーノンの顔が一気に険しくなっていく。



「謀反しているのはあなたでしょう? さきほど夫人にも言われた通り、あなたには人の心が欠如しているように見受けられるのですが。……違いますか?」


「そうかい? ぼくからすれば、キミのほうが――はぁ、やめよう。こんな水掛け論に意味はない。ルーシーさん、キミは本当にこの書簡がほしいんだね? 何事においても」


「はい」


「どうしても?」


「どうしても」


「ちなみに、その用途は?」


「自分の信じた、正しいことに使います」


「……ふう、残念だよ。まさか、キミがそうだったなんて。まんまと騙されてたよ。僕や王はてっきりデフさんだと思ってたんだ。だから、信頼に足るキミをここまで誘ったんだけどね」


「なんの話ですか」


「いや、こうなってしまっては語る意味もない。やれやれ、ほんとは良いお友達になれたかも知れないのに……。ここでキミという不穏の芽は摘んでおかないとはね」


「マーノンさんと友達ですか? こちらから願い下げですよ」



 タカシは何も言わず、腰の剣を抜こうとした。



「遅いよ」


 バババリ! バリバリバリィィ!!


 雷鳴。

 マーノンは目にも止まらぬ速さでタカシに近づくと、鎧に手をかざした。

 その瞬間、電撃がタカシの中心を貫く。

 電撃は放射状のように拡散していった。



雷帝の牢獄ソージェイル



 放射状に広がった電撃は黄緑色のドーム状に形を形成する。

 ドーム内部は一秒間に何回も電撃が弾け、中心部にいたタカシを何度も焼いた。



「ごめん。白銀騎士相手にはちょっと大人げなかったかな……。けど、ルーシーさんにはこれくらいしないとね」

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