第38話 終戦。そして新章へ――
エストリア居住区。
シノが屍人に襲われた場所。
そこではいまだ屍人たちが山をなし、
すでに周辺の住民たちはみな、その場から離れており、あたりには屍人以外は何もいない。
それにもかかわらず、屍人たちはいまだ何かを求め、中心へ中心へと進もうとしている。
バリバリ
という肉や骨が裂ける音が住宅街にコダマし、断続的に響いている。
やがて屍人たちがピタッとその動きを止める。
静寂。
次の瞬間、屍人の山が歪んだ。
歪みは次第に大きくなり、まるで鉛筆で何度も直線を引いたように、そこを境にバラバラと屍人たちが崩れていった。
そして――
バババッ!!
と突然、屍人たちがミキサーにかけられたようにミンチへと変貌していった。
「よっと……」
ミンチをビチャビチャとかきわけ、シノが山から這いずり出てくる。
「ぺっ、ぺっ、ぺっ」
シノはその場で立ち上がると、何度もその場につばを吐いた。
「……いやぁ、ビビったビビった。……まさか、首飛ばしてもうごく――」
シノは言いかけて止めた。
視線の先にあるのは、屍人のミンチ。
それらはいまだに活動を続けており、ピクピクと細かく痙攣していた。
「うわぁ、キモ……」
シノは気持ち悪そうにそう洩らすと、懐からマッチ箱を取り出した。
箱からマッチ棒すべて取り出すと、一気に火をつけ、ミンチの山へと放り投げる。
火は屍人の残滓に引火するとそのまま延焼していった。
シノが突然、口を閉じて、鼻をつまんだ。
「……くちゃい」
そう小さく言い残すと、シノはその場から立ち去った。
◇
「あ――」
それがそのカライ兵の最後の言葉となった。
デフがカライ兵最後の生き残りを盾で圧殺する。
まるでプレス機で潰されたように、周囲にピシャッと血しぶきが飛び散る。
同時に、デフの盾が淡い光を帯びる。
それは「相殺の魔石」の効果が切れたことを意味していた。
それに気づいた取り巻きのひとりが、デフに拡声器を手渡した。
例によって、デフは懐から紙きれを取り出して、それを読み上げた。
「皆の者、ご苦労。これにより、エストリアの――」
「デフ殿、時間が……」
そばにいた騎士がデフに耳打ちする。
デフは「そうだった」と洩らすと、再度拡声器を口元へ持っていった。
「ただいまより帰還する。戦争は終わったが、まだ緊張状態にある事を忘れるな」
「緊張状態……? どういうことだ?」
「さぁ?」
タカシが疑問符を浮かべる。
サキもよくわからないといった顔で、タカシの顔を見た。
「そうだった……。まだみんなには話していなかったから、道すがらこの
「ブーモ」と紹介された黄金騎士が、事務的に頭を下げた。
「とりあえず今は、一刻も早くエストリアに戻る必要がある。荷物をまとめろ! 帰還するぞ!」
◇
エストリア居住区。
エストリア大病院。
そこは病院というよりも、もはや要塞のようになっていた。
外敵の侵入を防ぐように木の杭が周囲に埋め込まれており、戦える者がそれの撃退にあたっている。
大病院のなかには怪我をした者、行く当てがない者たちで、混沌としていた。
その中にルーシーの両親とドーラ、そして顔に布をかけられ、仰向けで転がっているヘンリーがいた。
「久しぶりね、ドーラちゃん。元気かしら?」
「おっちゃんのそれ、ヘーキか? いたくないのか?」
「うん、問題ないみたい。そこまで深くなかったみたいで、出血はひどかったけど、命に別状はないって、お医者さんが言ってたわ」
「そうだったのか。よかった」
「それもこれも、アンちゃんのお陰よ」
「アン……て、あのバカアンデッド?」
「一度会ったわよね?」
「うん。あいつがどうしたんだ?」
「あの子がわたしたちを逃がしてくれたのよ」
「へえ、あいつが……それで、そのバカアンデッドはどこにいるんだ?」
「あの子は終わったら合流するって言ったきりなの。……だから、居ても立ってもいられなくて……ドーラちゃんはどう? 怪我はしてないの?」
「ケガはないぞ。ヘンリーとマエガミがあたしをマモってくれたからな。でも、けっきょくヘンリーは……」
「あの、生きてるんすけど」
ヘンリーはムクリと上半身だけ起こすと、顔にかけてあった布をつまんでみせた。
「そう……、だったのね。ドーラちゃん、あなたのせいじゃないのよ。ヘンリーくんもこうなったことを、決して後悔はしていないと思うわ」
「あのー……」
「うん。あたし、ヘンリーのぶんもイッショウケンメイいきるから!」
「はぁ……」
ヘンリーは再び横になると、顔に布をかけた。
『ワアアアアアアアアアアアアアアア!!』
突然、病院の外で歓声が巻き起こる。
「あらあら、なにかしら……?」
「だいじょうぶだよ、おばさん。あたしがみてくるから」
「うふふ、あらそう? わるいわね」
「ヘンリー、ちょっとみてくるから、ここでイイコにまってるんだぞ」
ヘンリーはドーラに声で返事はせず、手をひらひらとだけ動かした。
すでに病院の入り口には大勢のやじ馬が外の様子を覗っていた。
ドーラはなんとかして、野次馬をかきわけ、前へ前へと進んでいく。
ややあって、野次馬の中からドーラが顔を出した。
「ま……、マエガミ……!?」
歓声の中心にいたのはシノ。
磁石に引き寄せられる砂鉄のように、屍人たちがシノに襲い掛かっている。
シノはそれに対し自身の刀である銘刀賀茂で、応戦していた。
前回の反省点を活かしてか、シノは目にもとまらぬ速度で、屍人ひとりひとりをコマ切れにしていた。
そして散らばった肉片を、周りにいた騎士たちが、燃やしていっていた。
屍人たちはその数を減らしていき、やがて、最後の一体となった。
最後の屍人は、銀髪に紅眼の少女。
手には血濡れた出刃包丁。
眉ひとつ、ピクリとも動かさない無表情。
その鮮やかな紅眼には、シノだけが映っていた。
アンだった。
シノがアンに他の屍人と同じように斬りかかる。
アンは持っていた包丁で、シノの刀を防いでみせた。
それは防いだというよりも、力を逃がしたという表現が近い。
「!?」
刀による一撃が防がれたことに警戒したのか、シノはアンから大きく距離を開ける。
シノは賀茂を頭上に持ってくると、切っ先をまっすぐアンに向け、大股を開き、腰を落とした。
周囲の空気が変わり、鋭い風がシノを中心に回りはじめる。
アンも今までにない冷ややかな目で、真っ直ぐにシノを見据え、迎撃態勢をとった。
「マエガミ! バカアンデッド! おまえたちはテキじゃないぞ!」
「あれ、ドーラちゃん?」
「あ、バカドラ」
ドーラの声により両者の緊張状態が解ける。
シノとアンが再び見つめ合う。
が、突然そこでシノがふきだした。
「ぷ」
「なに」
「ごめんごめん、なんか拍子抜けしちゃって」
「というか、あなたドーラちゃんの知り合いなんだね」
「知り合いじゃない」
「え? でも確かにドーラちゃんはさっき……」
「バカドラはわたしの下僕」
「な、なんだとー? このアホアンデッド! もういっぺんいってみろ!」
「バカドラバカドラバカドラバカドラバカドラバカドラバカドラ……」
「む、むっかー! もうゆるさないからな!」
「……ここは?」
アンは自分の肘を指さした。
「ひ、ひざ!」
ドーラの自信満々な声がエストリアの空にコダマした。
◇
こうして多大な犠牲のもと、エストリアの平和は守られたのであった。
やがてデフ率いるエストリア軍が帰国すると、国の復興が始まった。
そして王のマーレーは今回のことで責任を問われ、牢獄へと幽閉された。
罪状が決まるまでの期間ではあるが、エストリア王都での被害状況や屍人の監督不行き届きなど、マーレーは身に覚えのない罪をいくつかでっちあげられた。
その他の関連などから鑑みて、マーレーの死刑はほぼ決まったも同然となってしまった。
かわりに大臣の座についていたラグローハが、急遽王の代理ということになり、仮ではあるものの、新エストリア政権がここに誕生した。
タカシとサキは戦場での功績を認められ、タカシは白銀に、サキは青銅へと繰り上げられることになった。
やがて新王であるラグローハは、友好国であるトバ(シノの故郷)との戦争に乗り出した。
これにより聖虹騎士であったシノは捕虜となり、その地位をはく奪された。
シノは捕虜となるとき、これにまったく異議を申し立てなかったと言われている。
そして以降、エストリア国はエストリア帝国とその名を改めた。
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