第36話 屍人の軍勢
ドーラの咆哮。
『
賊は神経毒に侵されたようにして身動きが極端に制限され、動けなくなってしまった。
「あ、れ……?」
「これは、ドーラ……が、やったのか?」
「わ、わかんない……ひっしにサケんでみたらこんなことに……」
ドーラはとてとてとヘンリーに近づいていき、一生懸命に助け起こした。
「いたっ! つつつ……」
「ごめんっ、いたかったか?」
「いや、大丈夫。すこし痛むだけだよ」
ヘンリーはそう言って、倒れている賊に視線を落とした。
賊にはまだ意識があり、恨めしそうに眼球だけでヘンリーとドーラを見上げている。
「さて……」
「あまりうごかないほうがいいぞヘンリー。もうボロボロじゃないか」
「いや……、まだ、やることがあるんだ……」
「やることって……あ」
「ちょっと、目閉じてろよ」
ヘンリーは自分を抱きかかえているドーラからフラフラと離れる。
すると倒れている賊に、ゆっくりと近づいていった。
「……よう、気分は……どうだよ」
「…………ッ!!」
「……もうなんもしゃべれないってか? それじゃあもう、なんも聞くことはできねえな……、いろいろと訊きたい事、あったんだけど」
ヘンリーは手に持っていた剣を振りかざすと、一瞬のためらいもなく、賊を腹を貫いた。
それを見ていたもうひとりの賊の顔面から、サー……と、血の気が引いていく。
「おまえも、どうせ話せないんだろ?」
「……! ……っ…………!」
「命乞いか? ……どうせエストリアの人たちがどんなに泣き叫んでも、見逃さなかったんだろ……?」
賊は何か必死に訴えてはいるが、声は全く出ていなかった。
「はは……じゃあな」
ヘンリーはまるで作業のように、淡々と残りの賊の息の根を止めた。
「……っち。……終わったよ、ドーラ」
ドーラはヘンリーの声を聴くと、ゆっくりとまぶたを上げていった。
「……とりあえず、ビョーインにいこう! ヘンリー!」
「そうだな、悪いけどそこまで――」
「ヘンリーくん! ごめん、剣貸して!!」
突如、二人の頭上から声が聞こえてくる。
すると次の瞬間、シノが空から降ってきた。
シノはヘンリーの横に、
ズダン!
と着地すると、半ば奪い取るようにして剣を取った。
それに続いて、シノを追っかけていた賊の集団も現れた。
「し、シノさん……!?」
「マエガミオバケ!!」
ヘンリーとドーラの声がかさなる。
「おいおいおい、おいおい……! 俺たちの仲間が死んでんじゃねえか!」
賊の頭領はヘンリーが倒した賊の死体を見ると、シノに凄んだ。
「だから、知らないってば! あたしがここに来た時には――」
「ブッ殺セェェェェェェ!!」
「はぁ……両刃剣か。使ったことないけど、ないよりはマシかな……」
頭領が怒号を発する。
それに突き動かされるように、賊たちが一斉にシノに襲い掛かっていった。
シノは剣を巧みに操り、山賊たちを次々に切り伏せていく。
一方、賊の振るう武器は磁石の様にシノの体と反発し、当たる気配すらない。
両手首を切れば手首が落ち、腹を裂けば内蔵がドロリと零れ落ちる。
首、ふともも、肩、足首。
シノが繰り出す流れるような剣技に、賊たちが精肉される家畜のように、肉塊へと変わっていく。
「ひ……、ひィッ!?」
「ば、バケモンじゃねえか……!」
「かかか……、勝てっこねえよ! こんな――」
残った賊は転がっている肉塊を見て、顔面蒼白になっている。
「どうする? まだやりたい? あたしはもういいけど……」
シノの言葉に、賊たちは互いに顔を見合わせた。
「どうした、おまえらァ!!」
「あ、兄貴ィ……、こいつぁ……やべえですぜ……」
「逃げんじゃねえぞ! 逃げたら俺がおまえらを殺すからなァ!」
「ぐ、うう……」
「うーん、下っ端もつらいねえ……」
狼狽えていた賊はやがて決心を固めたのか、死に物狂いで、シノに襲い掛かっていった。
「やれやれ、こっちも気が重いんだけどね……」
一閃。
シノが大きく踏み込む。
すると一瞬にして、賊たちの背後に立った。
静寂。
やがて風が吹くと、賊たちの胴体が腰からぺりぺりと離れていく。
胴がドシャっと崩れ落ちる。
賊は切断面からと大量の血をまき散らして息絶えた。
「す、すげぇ……っ!」
ヘンリーがおもわず感嘆を洩らす。
「ケッ、これが聖虹騎士の力ってわけかよ。見せつけてくれんじゃねえか」
シノは持っていた剣を縦に振った。
剣にこびりついた血液や油が地面にピピッと、飛び散る。
「ああ、あなたは絶対逃がさないよ」
「へえ、上等じゃねえか……ッ!」
頭領は羽織っていたマントをバサッとはためかせる。
体には大量の魔具が装着されていた。
剣、杖、グローブ……そのどれもが、タカシとルーシーが宝物庫で見たものだった。
「……ドーラちゃん! ちょっとお使い頼める?」
「え?」
「あたしの部屋にある、
「か、かも……?」
「うん、あたしの大事な刀なんだけど……それがないとちょっと苦戦するかもだからさ」
「でも、ヘンリーは……」
「大丈夫だドーラ。俺は悪運が強い、放っておいても簡単に死なねーよ」
「でも、でもでも……!」
「はやく行け! ドーラ!」
「うう……」
ドーラは目に涙を溜めながら、青銅寮の中に駆け込んだ。
「……ごめんね、ヘンリーくん。損な役回りさせちゃって」
「へへっ、そもそも俺みたいなのが、主役みたいに立ち回るのがダメなんすよ……」
「そんなことないよ。今のヘンリーくん、十分に主役級だから!」
シノはそう言うと、頭領に斬りかかった。
頭領は手甲でシノの剣を防ぐと、もう片方の腕でシノの顔面に掴みかかった。
シノはその腕を紙一重で躱すと、体を捻り、腹部を水平に斬りつけた。
しかし、刀身が腹部に当たると
カチっ
と音が鳴り、炎が勢いよく噴き出て、シノの服を焼き払った。
シノは咄嗟にジグザグに、大きく後ろへと飛び退いた。
「……ヘヘハハハ……! なんだよ、その恰好似合ってるじゃねえか……!」
「ろ、露出の趣味はないんだけどね……」
シノは焦げてしまい、今にも空中分解しそうな着物を片手で押さえた。
「お楽しみはこれからだぜ、シノさんよォ!!」
◇
ルーシーの実家。
そこには大量の賊の死体と、返り血を浴びたアンが立っていた。
賊の死体には損壊が少なく、急所の部分だけを正確に刃物で切りつけられていた。
「おじさん、じっとして」
アンはルーシーの父親に近づいていくと、自分の服をビリビリと破る。
アンはその布切れを負傷している部分から、体の中心に近いところでギュッと結んだ。
「ぐぬ……!」
「これは応急手当。きちんとしたところで処置したほうがいい」
「アンちゃん、あなたは一体?」
ルーシーの母親が、震える声でアンに尋ねた。
「わたしはいいから。病院」
「……うん、わかったわ。アンちゃんはどうするの?」
「わたしはついてけない」
アンはスッと立ち上がると、アンたちに近づいてきている群衆を見つめた。
それは賊ではなく、屍人の群れだった。
「あ、あれは……?」
「屍人の群れ。わたしが引き留めておく」
「でも……」
「はやく行って。必ず追いつく」
ルーシーの母親はコクンと頷くと、夫に肩を貸し、必死に歩いていった。
「あ、まって」
「ど、どうかした? アンちゃん?」
「オレ、この戦いが終わったら、結婚するんだ」
「そ、そうなの? ボーイフレンドいたんだ」
「あとは……もうすぐウチに帰れるぞ」
「おウチはここだけど……」
「いまのオレはなにがあっても、負ける気がしねえ」
「……どうかしたの? アンちゃん?」
「ふぅ、まんぞく。ごめん、ひきとめて」
「う、ううん。べつにいいけど、アンちゃんはだいじょうぶ?」
「心配ない。フラグは立てておいたから」
「そ、そうなの……? じゃあ、またあとでね」
「うん」
アンは屍人の群衆に目を向ける。
「アー……アー……アー……アー……」
屍人たちはうめき声をあげながら、じりじりとアンに近づいていった。
その中には、アンが『おっさん』と呼んでいた屍人も混じっていた。
「久しぶり、おっさん」
「ウー……アー……」
「なんとなく、こういう事になってるって、わかってた」
「アー……」
「これ以上進むなら処理する」
「グギ……グ……ガ」
「……うん、わかった。終わらせてあげるから」
「ガ……ギギ……!」
屍人が一斉に、アン目掛けて飛び掛かった。
さきほどまでの緩慢な動きが嘘のように、まるで獣のようにアンを追いつめる。
しかし、アンの動きはそれを上回っていた。
音もなく背後へ回り込むと、アンは屍人のひとりの喉仏をナイフで抉る。
「……グェゲゲゲゲ!」
切りつけられた屍人は一切ひるむことなく、アンを襲い続けた。
切り口からは血液は全く飛び散っておらず、痛がる様子もない。
屍人はアンに掴みかかると、次々にアンの体に噛みついていった。
「あ……っ」
アンは必死に屍人たちを引きはがそうとするが、細腕の力では敵わない。
アンの上に屍人の山が出来上がっていくと、そのまま動かなくなってしまった。
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