第31話 開戦の燻炎


 早朝。


 ドンドンドンドンドン!!


 タカシの部屋に、けたたましいノック音が鳴り響く。

 タカシは「ぐぬぬぬぬぬ」と低く唸ると、布団の中に頭を隠した。


 一方、耳のいいドーラはノックの音に我慢できなかったのか、のそのそと扉の前まで歩いていった。



「いるすでーす……、ゴヨーのかたは――」


「ドーラか!? 姉御はいないのか?」


「んー……そのコエは……だれだっけ?」


「ヘンリーだ! なんで姉御の周りのやつらは、オレの名前を覚えられねえんだよ! ……じゃなくて、姉御はそこにいるか?」


「フトンかぶってねてる……」


「起こせるか? 大事なことなんだ!」


「えー……ムリヤリおこすと、ルーシーがフキゲンになるからヤだ」


「わかった! 今度、うまい飯屋に連れてってやるから!」


「メシ……!」



 ドーラは目の色を変えると、小走りでタカシのほうまでいくと、ドスンと飛び乗った。



「ぐふっ!?」


「おきろー! ルーシー! あさなんだー」


「な、なんだ……いきなり……!?」


「トビラおとこが、ルーシーをよんでる」


「扉男……?」


「姉御! 起きてください!」


「…………」



 タカシは無言で扉の前まで歩いていくと、鍵を開け、チェーンを外した。

 扉がガチャッと開くと、タカシはヘンリーの胸倉をつかみ、持ち上げた。



「まだ太陽が見えてないんですけど……!?」


「ご、ごめんなさ……あね……でも、大事な話、が……!」


「言え」


「無理……首、しまって……!」


「これなら言いやすいか……? ああ?」


「戦争です! 戦争!!」


「はぁ?」



 タカシはヘンリーからパッと手を離した。

 ヘンリーはドサッと地面に落ちると、首元をさすった。



「戦争……? どことだよ」


「カライ国です」


「昨日やり合ったばっかじゃねえか」


「はい、ですが……今度はいままでのような中隊ではなく、相手兵数は万にも及ぶ軍団です」


「かなり大勢だな……で、なんでオレを起こしたんだよ」


「今エストリア国内にいる聖虹騎士がふたりしかいなくて、すこしでも戦力の見込みがあるものを……、ということで、大臣さんから直接指名があったとのことです」


「……てことは……」


「はよーっす。来ちゃったよー」


「サキ……、おまえもか……」


「嫌そうな顔しないでよー。サキちゃんはぁ、朝からルーちゃんに会えて、ギンギンぞ?」


「会うなり魅了使うなよ……隣のヘンリーが死にそうじゃねえか……」


「ぐ……、と、とにかく……正門から行軍し、国境付近で迎撃にあたってほしいそうです」


「おまえはどうすんだよ」


「……オレもいきたいっすけど……、無理っすから……主に戦力面で……」


「そーそー。ドーテークンはここで大人しく、ひとりで楽しんどきなよ!」


「ドドド―ドドード童貞ちゃうわ!」


「はぁ……わかった。今から支度するから、おまえらは寮の外で待ってろ」





 エストリア王都、正門外。

 そこにはエストリアからかき集められた五万ほどの軍勢が、階級入り乱れ、綺麗に隊列を組んでいた。



「壮観だな……」


『ですね……わたしは、エストリアにここまで騎士がいたということに、びっくりしてます』


「そりゃ、飽和状態とか言われるわ……」



 タカシとルーシーが小さな声で呟いた。


 タカシとサキは特別戦力枠ということで、この軍団の中枢に待機しており、隊列には加わっていなかった。

 タカシ、サキ、ルーシーの三人は小高い丘の上から、そのずらーっと並んだ騎士たちを見下ろしている。


 エストリア軍の指揮を執るのは緑色の騎士デフ。

 背丈はマーレ―やノーキンスと大差はなく、かなりの大男である。

 そして背には、身の丈以上の大盾をどっしりと背負っていた。


 デフはタカシとサキに気が付くと、のっしのっしと歩いてきた。



「こんにちは、キミたちが今回同行してくれる、ルーシーさんとサキさんだね。僕はデフ。エストリアの聖虹騎士のひとりだよ」


「ちーっす。サキちゃんっす」


「す、すみません。本来はこちらから挨拶にいかなければならないのに……」


「いやいや、いいんだよ、そこまでかしこまらなくても。なにか今回の作戦について聞いておきたい事とかあるかい?」


「あの、すこしいいですか?」


「うん」


伝言係ヘンリーから、聖虹騎士が二人は来ると聞いていたのですが……見当たらないようなので、ちょっと気になりまして……」


「ああ、そういうことか。もうひとりの聖虹騎士はシノさんだよ」


「シノさん……ですか」


「うん。でも、シノさんはエストリアで待機なんだ。本来は聖虹騎士ふたりとそこそこの兵数で良かったんだけど、それじゃあエストリアから聖虹騎士がいなくなっちゃうからね」


「ですが……これほど兵がいるとなれば……もうすこし本国に残してきても……」


「うーん、そう思うのも仕方ないね、けどこれは国で決まってるからしょうがないんだよ」


「法律、ですか」


「うん。そういうこと。他にはある?」


「はい。相手の兵数は万ほど、と聞いていたのですが、それに対し、この兵の数はすこし大仰すぎるのでは、とおもうのですが……」


「それは危ない考えだね、ルーシーさん。何事も油断はよくないよ。史実にもある通り『十分の一ほどの軍勢に、戦局をひっくり返された』なんてザラなんだ。それに、相手はカライ国。ここ数年で急速に勢力を拡大させてきた国だ。いくら兵数で勝っているとはいえ、そういう油断が命取りになる。『死ぬ気でとりかかれ!』とは、言わないけど十分に気を引き締めたほうがいいよ」


「了解しました」


「うんうん。ほかにはあるかい?」


「はいはい、サキちゃんから!」


「なんだい?」


「おにーさんの武器が見当たらないんだけど」


「ああ、僕の武器はね……うん、これは戦場で見たほうが早いかも」


「おお、もったいぶるじゃん」


「いやいや、ほんとたいしたものじゃないんだ」


「やめろサキ。失礼が過ぎるぞ」


「いいよいいよ。それじゃあ僕は号令をかけるから、またあとでね」


「は、はい……」



 タカシはぺこりと頭を下げ、サキは手をひらひらとさせた。

 デフは丘の頂上へ歩いていくと、両手を後ろに回して組んだ。

 そうすると、金色の鎧を着た騎士がデフに耳打ちをした。



「デフ殿、点呼完了しました」


「わかった。ご苦労様」



 黄金騎士はデフに頭を下げると、後方へと下がっていった。

 デフはそれを確認すると、拡声器の魔石を握り、口もとへ近づけた。



「号令が始まる。サキ、後ろへ下がるぞ」


「いい眺めなんだけどなー……」



 サキはそう言うと、名残惜しそうにタカシの後をついていった。



「エストリア騎士諸君、集まってくれてありがとう。我々はこれより、カライ国の兵士を撃滅すべく、行軍を開始する。長い道のりではないが、短くもない。行軍中だろうが、細心の注意を払って行動してくれ。最後にひとつ、敵兵の数は我々の五分の一にも満たない。傍目から見れば、我々は圧倒的に数の優位に立っている。しかし、僕はここに警鐘を鳴らす。決して相手を自分たちより格下だとは思わないでくれ。そういった驕り、脆さが、栄枯盛衰……大国が崩れていく原因であるからだ。我々エストリアは大国ではあるが、時代の挑戦者であることを忘れてはならない。だから我々はこれより、カライ国に挑戦する! 持てる力全てを以て、カライ国に向こう千年に渡る、屈辱の記憶を植え付けてやろう! 我々は滅びない! 我々は永遠である! エストリアに幸あれ!」



 デフがその大盾を上へ掲げた。

 太陽を照り返し、ギラリとひかる大盾が集まった騎士たちの顔を照らしていく。




『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』




 五万もの兵が一斉に声をあげた。

 鳴り止まない騎士たちの咆哮が轟く。

 空気を震わせ、大地を揺らす。

 兵ひとりひとりの顔が、戦士の顔となっていた。

 デフがそれを確認すると、再び拡声器を口元に近づけて号令をかけた。



「進めェ!!」

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