第17話 トロールだと思ってたらサキュバスだった。(百合描写有)

「いや……、いやいやいやいや、ちがうじゃん! 話がさ」



 決闘場。

 観衆の歓声がぶつかり合い、会場の空気を震わせる。

 史上最年少で青銅に昇進するということで、マーレ―が予想していた倍の観衆が集まっていた。


 両刃剣を握り、鎧を纏い、兜をかぶり、戦闘の準備をしていたところで、タカシの手が止まる。

 タカシの視線の先にはひとりのサキュバスがいた。

 ショートカットで、露出度の高い服を着ており、手には突剣が握られている。



「オレの見間違いか、敵の幻術か、はたまた蜃気楼か……目の前のやつはどう見ても、昨日見たトロールさんには見えないんだけど……」


『え、ええ、わたしも……すこし痩せました?』


「ダイエットか? エストリア風ダイエットなのか? それは、一日でこんなに痩せられるもんなのか?」


「あー、あー、……皆の者、よく集まってくれた」



 会場にマーレ―の声が響く。

 手には魔石を改造して作られた拡声器が握られていた。



「ルーシーの相手が、事前に提示された相手とは違っているということで、抗議を受けそうなので、さきに説明しておく。もともとのルーシーの対戦相手として登録されていたロデオについては、前日にハメを外し過ぎてしまったため、現在は大病院の病室にてリンゴを齧っておる。……あ、ロデオのお母さん、大丈夫ですよ。息子さんの命に別状はなかったみたいですので……はいはい、ええ、ええ……。おっと、話を戻そう。対戦相手がいなくなってしまったため、このままルーシーが青銅に上がってしまってもよかったのだが、すでにこの決闘場のチケットは完売していたため、払い戻しの作業が重労働でな、端的に言えばものスゲーめんどくさかったのだ」



「なんてやつだ!」

「そんなのありかよ!」

「この堕落した豚め!」

「守銭奴!」

「眉毛を剃って謝罪しろ!」

 と、いった非難がタカシのほうからあがった。


 マーレ―は腰に差してあった剣をスッと抜くと、自らの眉毛の片方だけを剃り落とした。

 観衆の歓声が一瞬にして、どよめきへと変わる。

 タカシもその光景を前に、ただただ絶句していた。



「……ということなので、急遽相手を見繕うことにした。……見繕おうとしたところで、なんと立候補者がでてきたのだ。……立候補者よ、皆に自己紹介を」



 マーレ―はそういうと、手に持っていた拡声器をサキに投げ渡した。



「はーい! みんな元気―? 接待飲食店『ドーターオブザブレイヴ』で働いてる、サキちゃんだよー!」



 サキがアイドルばりの自己紹介をはじめる。

 それに応えるようにして、観衆から「サキちゃーん!」と野太い歓声があがった。



「おお、観客席には何人か知ってる人たちがいるねー! いいよー! 今日のライブ、みんなで盛り上がってこー!」



 サキの声に、ひときわ大きな声援が返ってきた。

 もはやアウェイと化してしまった会場に、タカシはただ冷や汗を滝のように流している。

 サキはそのあとも気の向くままに観客を煽ると、満足したのか、拡声器をマーレ―へと返した。



「……とのことだ。本来は闘うことを生業としていない者を、このような場所に召喚するのは抵抗はあったが……、抵抗があっただけであった。実際呼んでみると、べつにどーでもいーことに気が付いた」



「決闘は神聖なものではないのか!」

「馬鹿にするのも大概にしろ!」

「人の覚悟をなんだと思っているのか!」

「もう片方の眉毛も剃れ!」

 と、またもやタカシのほうから非難の声が上がった。


 マーレ―は再度腰に差してあった剣を抜くと、残っていた眉毛を剃り落とした。

 さきほどまでのサキへの歓声がまるで無かったかのように、会場が静まり返った。



「これでシンメトリーである! ……聞けば、そこの志願者本人がロデオを病院送りにした原因であるらしい。あーあー、ロデオのお母さん、おさえておさえて……。志願者はそのことに大変責任を感じ、戦士でもないのに代わりに出場すると申し出てきたのだ。王として、そしてひとりの男として、彼女の覚悟を踏みにじるのが正しいのか? いや、そうではない! 儂は彼女の意思を汲み、この決闘に参加するのを快諾したのだ! ……決して、一時の興にほだされたわけではぬぁい!!」



 マーレ―の演説に、ひときわ大きな声援が上がった。



「……まじでどうなってんだ、ここの国民は……」


「ちなみにルーシーにわかりやすく補足しておくと、なにも相手は、ただの丸腰の可愛いサキュバスではない。決して油断はしないことだ、おわり」


「は? それ、どういう……こ……と――」



 タカシが言いかけて止める。

 足元がおぼつかなくなったのか、フラフラとその場にへたり込んでしまった。



「サキちゃん、サキュバスだからね。あなたを魅了チャームさせてもらったの。……でもふつう、女の子には効かないんだけど、なんでかルーシーには効くんだよね……なんでだろ?」


「それは……サキちゃんが……魅力的だから、じゃないのか……?」


「わあ! ルーシー、嬉しいこと言ってくれるんだね! サキちゃん嬉しいよ! すごく嬉しい! ……だけど、それとこれとは別なんだよねー。サキちゃんはいま、ルーシーのことが知りたい。ものすっごく知りたいの! こんな気持ち初めてなの! ……だから、当分は青銅騎士になるのは諦めて、ね?」



 その瞬間「カーン」という、高い鐘の音が鳴り響いた。

 それと同時にサキは素人とは思えない速度で、タカシまでの距離を詰めた。

 サキは手に持った突剣で、疾風怒涛の突きを繰り出した。

 肩、腹、胸、喉、額。

 サキの狙いはどれも躊躇なく、急所だけを正確に突いていた。

 しかしタカシも無抵抗というわけではなく、うまく体が動かないなりに、ユラユラと紙一重で躱し続ける。

 だが、それもサキの応用力を上回ることはなかった。

 突剣の切っ先はより正確さを増していき、次第に、タカシを捉えはじめていった。

 頬の皮が裂け、鎧が欠ける。

 切り口からは鮮血がツ―……と、流れはじめた。

 それでもタカシは反撃どころか、うまく立ち上がる事すらできていない。



『タカシさん! 無理しないでください! こんなこと……、今すぐやめて棄権しましょう! このままじゃ、もっとボロボロになってしまいます!』


「くっ、だま……れルーシー……、いま、いいところなんだから、よ……」


『強がりはやめてください! わたしには気を遣わなくていいですから! いますぐ――』


「なんもわかってねえな。ルーシー」


『え?』


「オレのこと、もっと知りたいなんて、あんな顔で言われたら、興奮するだろうが……ッ!」



 タカシは持っていた剣で虫を払うように、ブンブンと振ってみせた。

 当然、そのような剣はサキには当たらず、ただ虚しく空を切るばかりだった。



「へえ、おどろいた。ルーシー、まだ動けるんだ? 普通の男なんて、もうとっくに賢者モードだよ」


「生憎……、いまのオレは物理的に、賢者モードになりようがないんでな……!」


「面白い! 面白いよ、ルーシー! あなたってほんとに不思議! なんでいままでこんなオモチャ見つかんなかったんだろ! もっと前から会っていたかったな!」


「そりゃ、光栄だな。オレももっと前に……なんなら、死ぬ前に会っておきたかったよ」


「……でも、今日のところは残念」



 そういうと、サキは突剣を捨ててタカシの前に行き、膝をついた。

 両者の目線と目線が、かなり近い距離で交錯する。

 サキはすすーっとタカシの顎に手をやると、自らの唇をタカシの唇に重ねた。


 その瞬間、まるで会場の空気が凍りついた。


 タカシが大きく目を見開く。

 サキはお構いなしに舌を動かし、タカシの口内へと侵入させた。

 サキの舌がタカシの舌に絡みつく。

 そのままサキはタカシの口内を舐っていく。

 上あご、舌裏、歯と唇の隙間。

 サキは丁寧にタカシの口内を犯していった。

 やがてサキはタカシの舌に吸い付くと、そのままチューチューと吸い上げた。

 シーンと静まり返る会場に、ひかえめな水音が響く。

 しばらくすると、サキのほうから「んっ……」と押し殺すような声があがった。

 それにつられるように、タカシも甘い声をあげはじめる。


「ん、ちゅ……、はぁ、んう……、ちゅっちゅっちゅっ……ぺろ……れろれろ」

「えろ……、ん、ちう……、はぁはぁ、んちゅ……あ、んっ……」


 その行為が終わると、サキは名残惜しそうに唇を離した。

 ツー……と、一筋の唾液がふたり唇に架かる。

 サキはそれをペロリと妖艶に舌で拭ってみせた。


「……ふぅ、キモチよかったっしょ? サキュバスのキスは、ふつうの人とするキス以上にキモチイイんだよ? それも催淫効果も格段に上がるんだ。……でも、やるのははじめてだったんだけどさ……」



 タカシはまぶたをとろんとさせると、項垂れ、動かなくなってしまった。



「ただ、やっぱり効果が強烈すぎんからねー。それもサキちゃんみたいな、とびっきり可愛いサキュバスだと、なおさらだから! 最短でも、今日一日は廃人状態だから!」



 サキはそう言うと、マーレ―に目配せした。



「ふむ、よくわからんが……勝敗はついたということでよいな……?」


「見たらわかるっしょ! サキちゃんの圧勝っすー!」


「……すこし、あっけない結果ではあったが、ここにサキちゃんの勝利を――」



「おいおい、誰が勝ったって……?」



 タカシはそうつぶやくと、その場で屈伸運動をはじめてみせた。



「え、うそ? サキちゃんのキスだよ? ……まじ?」


「……魅了も毒と根本的に同じなんだよ。解毒アンチドーテスキルを応用させれば、体内に抗体ができる。……でも、少量なら少し危なかったけどな」


「え、じゃあじゃあ……」


「勝負を焦ったのか、なんなのかは知らんが、キスが良くなかった。あれで一気に抗体ができた。……それがなかったら、負けてたかもな。ごちそうさまでした」



 タカシはそう言うと、両手を顔の前で合わせ、お辞儀をしてみせた。



「さ……」


「あ? なんか言ったか?」


「最っ高だよ、ルーシー! ホント好き! サキちゃん、ルーシーのこと好きかも! だってほら、こんなに楽しい」



 サキは自分の瞳をゆび指した。

 瞳孔はハートの形になっており、それは真っ直ぐタカシだけに向けられていた。

 サキは捨ててあった突剣を拾い上げると、その切っ先をタカシへ向けた。



「ふふふ、ルーシー、もっと楽しもうよ!」


「……ああ、おまえが飽きない程度に付き合ってやるよ!」

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