にごあい!~ただの高校生の俺だけど、2.5次元舞台愛好部を立ち上げました!~
千早 朔
第一章 あなたしかいないんです!
第1話あなたしかいないんです!①
「どうしたらいいのかなあ……」
キャラメルミルクティー色のくせっ毛に、同色の丸い瞳。
艶やかなタイル張りのそこは窓が大きく明るい。今のこのめの気分とは、真逆もいいところだ。
すれ違う生徒達は皆、このめと同じ制服を着用している。
学年共通の白ブレザーに、一学年を表すペールブルーのシャツ。学年毎に指定色の異なるスラックスとネクタイは、ネイビーのチェック模様だ。
それもその筈。ここ、
だが今このめの頭を悩ませているのは、当然ながら女子学生の有無などではなかった。
事態は深刻かつ困難。入学した四月より、かれこれ数週間思案を巡らせている。
帰路や部活動に向かう生徒達の流れに逆らい、とある教室の出入り口に辿りついたこのめは、開いたままの扉に手をつきガックリと頭を垂れた。
「駄目だった……」
すっかりがらんどうとした教室で、このめの力ない報告を受けた生徒が一人。
絹糸のような黒髪に、童顔と揶揄されるこのめとは正反対の涼やかな面持ち。スラックスのポケットに指先を引っかけながら学生机に浅く腰掛ける彼は、クラスメイトの
中学どころか生まれた時から一緒の、幼馴染である。
このめが教室に踏み入れると、吹夜は予想通りだとでも言うように呆れた視線をこのめに向けた。
「もう何回目だよ」
「ええーっと……八回目?」
「いい加減、怒られねーか?」
「そう思うなら、啓も一緒に来てよ」
「勧誘は協力しなくていいって約束だろ?」
「そう、だったね……」
覚えている。確かにこのめは、この幼馴染に部の立ち上げを提案した際に、『勧誘は俺が頑張るから!』と豪語した。
交換条件と言ってもいい。今更無かった事には出来ない。
「諦めて、別のヤツ誘った方がいいんじゃないか?」
嘆息混じりに告げた吹夜は自身の鞄を片手で担ぎ、もう片手でこのめの学生鞄を掴むと、机の合間を縫って扉へと歩を進めた。通りざまに消沈するこのめに鞄を押し付けると、そのまま帰路を促すように教室から踏み出す。
慌ててこのめもその背を追う。
家が近いこの幼馴染とは、幼稚園時代からの習慣で未だに登下校を共にしている。
何でも卒なくこなす文武両道の吹夜は、幼少期よりどこか大人びた雰囲気を持っていた。
成長するにつれてぐんぐんと背を伸ばし、殆ど隣にあった頭はとうの昔にこのめの上にある。加えて涼し気な面持ちにも磨きがかかり、今ではすれ違う人が振り返る立派な『イケメン』だ。
吹夜自身も己の美麗さをしっかりと自覚しており、向けられる好奇の目を『当然』として受け流していた。
その飄々とした一種の開き直りは実に清々しいもので、このめも『そういうもの』として、自身を通り越す視線にいつの間にか慣れていた。
何の気負いもない隣に並び、このめは視線を落としたまま呟く。
「いや、だってさ。『
「そんだけ必死に勧誘して、大根役者だったらどうすんだ?」
「うっ……それは、その時考える」
そう、このめの悩みの種は、新たな部活動の立ち上げに伴う"勧誘"である。
隣クラスの
薄桃色の髪に、桜を思わせる大きく甘い瞳。小柄な体型も相まって独特の雰囲気を纏う彼は、確実に一学年の『姫』の座につくだろうと囁かれていた。
『姫』というのは、文化祭にて開催される、所謂『ミス・ミスターコンテスト』の『ミス』の代わりにあたる称号で、『ミスター』にあたる称号としては『騎士』が存在している。
人気投票により各学年一名ずつ選出され、『姫』の座を得た者は王冠を模したネクタイピンを、『騎士』の座を得た者は剣を模したネクタイピンを与えられ、全生徒からの羨望を受ける事になるのだ。
元々、文化祭を盛り上げようとした先の実行委員が、イギリスの有名パブリックスクールの制度をヒントに開催した催しだの、実は何かとトラブル続きだった初代『姫』の保護を目的として企画された制度だの、発祥についてはいくつかの説がある。
そのどれも真偽は定かではないが、ともかく今では、この琉架高校での名物となっていた。
ちなみに、このめの隣で信号待ちをしているこの幼馴染が、一学年『騎士』の最有力候補である。
下校時刻はどの学校も似たもので、辿り着いた駅のホームは他校の学生も多い。
その中のいくつかの女生徒の視線は、当然、このめの隣に注がれている訳だが、中学時のように待ち伏せをされていないだけ、まだマシだろう。
秘めやかというには少々大きな黄色い声をただの日常として、吹夜とこのめは電車に乗り込んだ。
「で? 今日は本人と話せたのか?」
「……そこだよね」
電車に揺られながら、このめは窓越しに遠くの青空へと視線を飛ばした。
紅咲と同じクラスに、
筋肉質な体格に、周囲から頭一個出る長身。着崩した制服。重力に逆らう短い黒髪は爽やかというより攻撃的で、なぜか彼は入学時から番犬のように、紅咲に近づく生徒を威嚇していた。
このめも例外なく牙を向かれており、結果、まだ一度も紅咲自身とは話せないままでいる。
因みに今日は、ホームルーム後に職員室へ向かう紅咲の姿を見つけ、これはチャンスだと急いで後を追ったのだが、やはり声をかける前に定霜に見つかり追い払われてしまった。
「紅咲さんが一人になるとこって何処だろ……」
「……トイレじゃないか?」
「さすがにそこまでは追えないかな……」
ともかく、本人と話せないのでは勧誘も何もあったものではない。
まずは定霜の目を盗み、紅咲と直接接触するのが先決だと、このめは本日何度目かもわからない重い息を吐き出した。
***
「ただいまー」
「あ、おかえり白ブレザー高校生」
「姉ちゃん、その呼び方止めてって……」
リビングのソファーにのんびりと寝そべり、茶化すような笑みでこのめを迎え入れたのは、三つ上の姉である
制服としては物珍しい白ブレザーが余程お気に召したようで、このめの入学が決まった時から、こうして度々からかってくる。
「いいじゃない、なんかの恋愛シミュレーションゲームみたいで」
「それ、褒めてないから……」
「ああ、そうそう。あんたの部屋にあった『あやばみ』のDVD、借りてるわよ」
「え!?」
言われてテレビを覗き込むと、画面上にはこのめが何度も繰り返し観た舞台の映像が流れている。
「俺も観る!」
叫んだこのめは慌てて二階の自室へと駆け込み、勉強机に置いていたホチキス留めの冊子を掴むと、バタバタを足音を立ててリビングに駆け戻った。
寝そべる姉を起こす時間も惜しくて、ソファーの下に座り込む。
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