第十三話 昼食と自己紹介
昼食の時間となった。
テーブルに、ディナの牧場で作られたバターがたっぷりと塗られたパン、魔牛ゴウズの肉を煮込んだスープ、それに、クリサリア原産のどこにでも自生する万能の植物セリエルがふんだんに使われたサラダが並べられる。
円卓の十勇者マコト率いるパーティの五人と、牧場主の
さらに、もう一人おまけが付いてきていた。
「まさかお前まで一緒に捕まっていたとはな」
「……うるさい」
不死身の勇者ジュンヤがぶすりとした表情で言う。モンコの町でビリーとボニーにやられ、金にならない首として放っておかれていたところを、マコトたちに保護されたようだ。
「かれこれ一日ぶりの飯だ。女を相手にする体力もない」
ビリーが、ぼやきながらパンに手を伸ばそうとする。
「まだダメっ」
と、それを、左隣から幼い声が制した。パーティ最年少のフク、通称フー、動物を操る能力を持つ十歳の少年勇者だ。
「なんだ、お祈りでも捧げるのか。じゃあ俺は関係ないな」
「なんで?」
ビリーの
「アンタらが毎日のお恵みに感謝するのは、女神マリアンと、彼女の天使たちだろう。そりゃあそうだ。勇者の異能はすべてマリアンが与え、さらに天使たちが贈物を追加する。感謝しなけりゃあ、罰が当たる」
だが、と、ビリーは遠慮なくパンに齧りついて、こう続ける。
「
だから、お祈りもお参りもしない。いざ死ぬってときに命乞いしても―――そうだな、唾でも吐かれて終わりだ」
よほど腹を空かせていたのか、木皿にたっぷりと盛られたスープをほぼ一息に飲み干してしまう。
「だから、おじさんは魔法力が大幅に削られてるんだね。この世界の魔法は、全部女神との契約に基づいてるから」
ピリスの右隣に座った“千里眼”の少年勇者ケンジが、その眼の解析力を使ったのか、そう指摘した。
「そういうことはよく知らない。使おうと思えば使えるから、気にしたこともないな―――まぁ、勇者殿から見れば、俺のなんて使ったうちに入らないかもしれないが」
マコトが、賞金稼ぎに水を向けられる。このパーティのリーダーであり、クリサリアに
「そんなことはありませんが、魔法をちゃんと詠唱して発動するのを見るのは初めてで、貴重な体験でした」
マコトは至って真面目な感想を述べたまでだが、皮肉としか思えない物言いになってしまっている。ケンジがフォローを入れる。
「あはは。僕たち勇者はみんな、魔法使いタイプじゃなくても≪炎よ≫とか≪水よ≫とか言うだけで出せちゃうもんね。悠長に詠唱するような敵はブツブツやってる間に倒しちゃうし、確かに貴重かもね」
ビリーはそれを聞いて、大袈裟に肩をすくめる。
「そうかそうか。なら、今度はそっちがブツブツやる番だ。早く女神さまへの感謝を終えないと、お前の分も食っちまうぞ? フー」
「だめっ!エドたちに言いつけるよ!」
「エド?」
「馬の名前です。フー君、私たちと同じように、あの子たちと会話ができるので」
フーの左隣に座る、サロペット姿の
「馬に蹴られて死ぬのは、少々格好が悪過ぎるな」
サラダに取り掛かり始めたビリーを尻目に、マコトたちがこの世界の女神に祈りを捧げ、いよいよ昼食と相成った。
「ビリーさん、私たちの仲間には、全員お会いしましたか」
「ああ、そこの弓のお嬢さん以外とはな」
「ひゃっ!?」
ピリスが、モゴモゴと言うビリーに指をさされ、怯えた声を出す。
「こんなんで大丈夫なのか」
「ピーちゃんも、意外と使える能力を持ってるからねぇ」
と、ケンジ。どうやら彼は、能力と同じく、会話においてもパーティのフォロー役らしい。
「その呼び方、やめてよケンジ」
「ならなんでピリスなんて本名にかすりもしない名前にしたの?」
「……個人情報?」
「異世界転生をSNSのユーザー登録かなんかと勘違いしてない?」
「なんだそのエスなんとかってのは。また妙な言葉が出てきたな」
ビリーが、わざとらしく頭を抱える。
「お前さんたちが元の世界からおかしな言葉を輸入してくるせいで、俺たちの言語はめちゃくちゃだ」
「それは、申し訳ありません」
律義に謝るマコト。
「私たちには日本語にしか聞こえないけど、ビリーさんたちはクリサリア語で喋ってるんだっけ」
ピリスがケンジに訊く。
「そうだよ。でもこっちの語彙が優先されるから、新しい言葉を聞くとかなり違和感あるみたい」
「転生勇者殿たちのご都合主義に付き合わされるのも骨が折れるってことだ。あと、弓嬢、俺のことは、ビリーでいい」
「ひっ!? え、はい!」
「同じ、撃つ者同士だ。精々仲良くやろう」
「はい……?」
ピリスが、差し伸べられた手を、おずおずと握る。
「やはり、素人だな」
ビリーが声のトーンを一段落とす。
「え?」
「この手、この状態から捻り上げて折るのは簡単だ。握手のフリで四本の指をギュッと握って怪我をさせることもできるぞ」
「「「「「……!!」」」」」
途端に、緊張が走る。
「貴様ッ!! やはりか!」
剣呑な空気がたちこめた瞬間、コーザが大声を出す。甲冑を着こんだ太り気味の少年は、飛び上がるように椅子から立ち上がった。
「ピリス! 魔法だ、奴の腕を焼け!」
「座ってください、コーザ」
マコトが、静かに言った。
「大丈夫だよ、コーちゃん。おじさんに害意はないから。だよね、マコちゃん」
「ええ。だからピリスも、そんな今にも処刑されるような顔をしないで」
「うぅ……うん……」
ピリスは赤くなってビリーから手を離す。ビリーも、そっと差し出した手を戻しながら、ディナに訊く。
「ディナ、パンのお替わりはあるか?」
「あ、ありますよ。何個持って来ましょうか?」
「君のご厚意が許すまで」
ビリーは、勇者たちには向けない穏やかな表情と声音で言って、とてとてとパンを取りに行ったディナを見送った。
そして、雇い主たちに向き直る。
「アンタらは、確かに強い。恐らく、この場で喧嘩が始まれば、俺はひとたまりもないだろう。しかし、だ」
言葉を切り、ビリーは腰から銃を抜き、起こしたままの撃鉄を下げてから、一人一人に銃口を向けた。
「ただでは死なない。ここにいる五人、一人一人に、一発ずつプレゼントするくらいの自信は、ある」
ピリスが、緊張に喉を鳴らす。
「そう、それだ、弓嬢、それでいい。お前らには、戦場に最低限必要な“危機感”が足りない。そんなことじゃあ、あの
ビリーは、神妙に頷く生徒たちに口の端を曲げると、続けてこう言った。
「全員、今から馬車に乗れ。勇者を相手にするってのがどういうことか、俺たちのギルドで学ぶんだ。本物の、殺し合いってやつをな」
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