第146話 宣戦布告
俺はビジネスマンになってからも苦労続きで、もう借金生活転落寸前だ。でも唯は絶好調で、タレントの給料はルーレットの出た数で決まるのだが、高い数字ばかりを引き当てるから毎月俺の倍以上も貰っている計算だ。藍は元々高給取りだから堅実に資産を増やしている。
ただ、俺も少ない給料と悪運続きの中、将来への備えは怠っていなかった。藍と唯はそんな事お構いなしに資産を増やす事に夢中になっているし、実際、唯に至ってはほとんど悪い事が起こらず信じられないくらいに絶好調だ。
就職した後に来る大きなイベント・・・そう、結婚だ!
最初に結婚したのは、当たり前だが一番先に進んでいる唯だ。当然だが青色のピンを車に差してニコニコだ。
「さあ、『タクマ』くーん、これからもよろしくねー」
「「はあ?」」
俺と藍は思わず互いの顔を見合わせてしまった。
おいおい、唯の奴、午前中に「藍の目の前であまり俺とイチャイチャするのはやめた方がいいぞ」と言ったばかりなのに忘れたのかあ?
「あーあ、ゲームでも拓真君と結婚するつもり?さすがにやり過ぎよー」
「あー、お姉さん、違う違う。これは『タクマ』君で、たっくんじゃあないわよ」
「はあ?」
「なんだそりゃあ?」
「たっくんはたっくん、タクマ君はタクマ君。ゲームとリアルは違うんですよ」
「紛らわしいぞ!名前を変えろー!!」
「えー、いいじゃん」
「まあ、ゲームだからタクマ君でも問題ないという事にしておきましょう。拓真君もそう熱くならないでね」
「はいはい、わかりましたよ」
ったくー、唯の奴、どう見たってタクマ君は俺の事じゃあないのかあ!?その証拠にさっきからニコニコしているぞ。藍のこめかみがピクピクしている事に気付けよ!
その藍も結婚したのだが、やはり藍も青色のピンを差してニコニコだ。
「はあい、愛しの『タクマ』さん、
この瞬間、俺と唯は思わず顔を見合わせてしまった。藍の奴、明らかに唯に喧嘩を売ってるとしか思えないぞ。
唯もちょっとばかりコメカミをピクピクさせながら
「ちょ、ちょっとお姉さん、冗談キツイわよ!」
「あらー、これは拓真君じゃあないし、タクマ君でもないわよ。あくまでタクマさんよ」
「紛らわしいわよ!」
「別にゲームだから名前くらい勝手につけてもいいでしょ?」
「ま、まあ、それもそうね。じゃあ、苗字はどうなるの?まさか佐藤藍のままじゃあないでしょ?」
「うーん・・・タクマさんは婿養子!!」
「はあ?じゃあ佐藤藍のままなの?全然面白くないわよ」
「いいのいいの。法律では夫婦どちらかの苗字を名乗ればいい事になってるから、別に妻の側の姓を名乗っても問題ないでーす」
そう言いつつ、藍の奴、俺に盛んに目で合図している。あきらかに俺を揶揄いつつ、唯に喧嘩を売ってるぞ。でもゲームだからどこまで本気でどこからが冗談なのか全然分からない。まあ、唯もゲームでの話だから藍の喧嘩を軽く受け流しているけど、本当にこんな事態になったら俺はどうすればいんだ?
「そういう唯さんはどうなの?佐藤唯のままなの?」
「そ、そうねえ・・・夫婦別姓!」
「はあ?唯さん、日本では認められてないわよ」
「大丈夫大丈夫!今の唯は超売れっ子タレント、超有名女優だから別に結婚しても芸名は『佐藤唯』のままよ」
「じゃあ、本名はどうなるの?教えてほしいなあ」
「・・・・・」
「ゆーいーさーん、何か答えてほしいなあ」
「・・・たっくん、早くルーレットを回して!」
「唯さん、うまく逃げたわね」
「・・・・・( ´艸`)」
「ま、ゲームでの話をリアルに持って行く事を私はしないから安心しなさい。でもねえ、唯さん、私もあんまりイチャイチャされるとストレスが溜まるから本当に噂通りの事をしちゃうわよ」
そう言って藍は俺に向かって一瞬だが冷酷な目を見せたが、それは一瞬だけの事で、その後は自然な笑みを見せている。
俺は藍が冷酷な目を見せた瞬間、背筋に冷たい物が走った。『噂通り』・・・それは先週の日曜日に高崎さんが言っていた校内の噂話「藍と唯は両方とも俺を狙ってるが、俺が優柔不断で決められない、もしくは超鈍感で気付いてない」という事を指しているとしか思えない。
唯は何の事を言ってたのか分かってなかったようだが、ハッとした表情になった。唯は藍が元カノだという事を知らない。藍が『唯さんに貸してるだけ』『真の彼女』と言ってる事も知らない。つまり『噂通り』という言葉の意味が宣戦布告を意味する事に気付いた訳だ。
仲直りの筈のゲームで宣戦布告するとは・・・俺も想定外だった。
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