第78話 どうやって運転するつもりだ?

 ここで高崎先生は休憩終わりとなり、山口先生の机のパソコンを使ってオリジナルテキストを20分くらいかけて作り替えて副教材とし、それをA3用紙1枚の形にして4枚印刷した。そのうち1枚を山口先生が持ち、残り3枚を俺たちが1枚ずつ持ち、それを使って2年A組で2時限目の模擬授業を行った。

 たしかに1時限目より黒板を使う量が減ったので流れはスムーズだ。それに、俺たちに強調したい部分とか、重要な単語、古文独特の言い回しについての解説もプリントに乗っているので簡単な説明だけで済むから、教える側も受ける側も楽だ。当然、1時限目のように何度も黒板を消して書き直すという事もないから、ノートやプリントに慌てて書き写す必要もない。俺としては1時限目より格段にいいと感じた。

 藍や唯も概ね好感触を持ったようだ。ただ最後には黒板を消す作業が出てきたのでステップがあった方がいいという結論になり、それについては山口先生から教頭先生に話をして当日までに用意しておく事になった。あとは山口先生から細かい指摘事項や模擬授業中の言葉遣いなどの指摘があったが大きな障害になるような物ではなさそうだ。

 ただ、その日の日直は・・・俺なんだよなあ。俺がステップを持って高崎先生と一緒にA組に行く事になるから、奇異な目で見られそうだな。

「いやあ、お前たちのお蔭で色々な課題やその解決法も分かったから、何とお礼を言っていいのか先生も分からないなあ」

「そうですね。私もおかげで自信を持って実習を受けられそうです。ホントにありがとうございました」

 山口先生と高崎さん・・・もう模擬授業は終わったから、高崎先生ではなく普通に高崎さんと呼んでるけど、二人に揃って感謝され、なんとなく俺は「感謝されると気持ちいいなあ」と思った。それは藍や唯も同じみたいだ。

 これで模擬授業は終わりで適宜解散となる。山口先生も今日はこれで帰ると言っているし、高崎さんは先ほど言っていた通り中沼へ帰る事になる。

「あのー、高崎さん・・・俺は高崎さんが車を運転するところを見たいのですが、いいですか?」

「ええ、いいですよー。どうせなら一緒に乗って行きますか?厚別区なら中沼へ行く途中にあるので構いませんよ」

「あー、折角だから乗って行きたいのは山々なんですけど、この後、父さんたちと合流して北区へ行きますので方向が逆なんですよ」

「そうですかあ。じゃあ、私が車を運転して帰る所を逆に見送ってもらう形になりますね」

「そうなりますね」

 そう言って俺たち五人は職員室を出た。職員用玄関と生徒用玄関は隣合わせだから玄関を出たところで合流し、そこからお客様用駐車スペースに止めてある高崎さんの車までは再び五人で歩いていった。

 母さんが乗っている軽自動車もムーバだが色はシルバーだ。俺が小学生の時から使っているので、世代でいったら2世代前のムーバだ。高崎さんのムーバは今のモデルだから当然新しい。

 そのムーバの運転席側のドアを高崎さんが開けた時、俺は「あれっ?」と思った。座席がかなり下げられていたからだ。これでは絶対にペダルに足が届かないから、どうやって運転するつもりだ?それは藍も唯も感じたようで、怪訝そうな顔をしている。

「あー、佐藤きょうだいは『これでどうやって運転できるんだ?』って思ったんじゃあないですか?顔に書いてありますよー」

「バレましたかあ。でも、実際、足が届かないですよね」

「違いますよ。今はわざと下げてあるんですよ」

「「「今はわざと?」」」

「はーい。こういう事ですよ」

 そう言うと高崎さんは車に乗り込み、座席に座ると一度ドアを閉めた。そして後に運転席側の窓を開けた。

「どうです?これなら運転できますよ」

 と自慢げな顔で俺たちに話しかけた。

 俺も藍も唯も「信じられない」と言った感じで高崎さんを見たが、たしかにこれなら運転できる。足もちゃんとブレーキに届いているようで、さっきから尾灯が何度か点灯している。座席を下げてあった理由は、胸がハンドルに当たって出入りする際に邪魔になるのを防ぐ為、わざと下げてあったんだ。今は殆どハンドルの上に胸を乗せている状態に近いけど、これなら運転の邪魔にならずに済みそうだ。

 ただ・・・

「あのー、高崎さん・・・殆ど前方の視界はギリギリですよねえ」

 そう、座高の高さの関係で前方の視界は結構ギリギリなのだ。だから非情に低い視線で運転する事には違いない。多分、長距離とかを運転する時は疲れそうだから無理かもしれないな。

「うーん、それは事実なのよねえ。だから駐車する時は車載カメラが無いと困るし、停止線の位置も非常に分かりにくいから、自動車学校の時は車庫入れが結構大変だったんですよー。まあ、免許が取れたので車載カメラ付きの車に乗れたから今は駐車するのにも苦労しなくなりましたあ」

「そうか、うちのムーバは10年くらい前のタイプだから車載カメラなんか無いからなあ。だから運転者自身が後方や左右を確認する必要がある。今の車は車載カメラ付きの物が当たり前になってきているから便利になったんだ」

「でも、バックしている時に左右から歩行者が来ても車載カメラには映らないから、ちゃんと左右の確認は運転者自身がやらないと駄目ですからね。それはカメラがついているからと言っても変わらないですよ」

「へえ、勉強になります」

「じゃあ、私はそろそろ行きます。佐藤きょうだい、それと久仁子さん、次の金曜日に会いましょう」

「ああ。何かあったらメールしてくれ。いつでもアドバイスするぞ」

「高崎さん、俺たちも何かあったら山口先生経由で連絡します」

「助かります。じゃあ、いきまーす」

 そう言うと高崎さんはエンジンをかけ、同時に窓を閉め、車をゆっくり走らせた。そのまま車は体育館の横を走り抜けていった。多分通用門から出た筈だが、しばらくしたら再び正門の前、つまり俺たちの前へ現れた。そして『ピッ』とクラクションを鳴らしてから走り去っていった。

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