138話

 目が覚めた時、俺は起き上がりながら部屋を見渡す。

 どうやら、俺が女神の世界に行っている間に寝てた部屋と同じようだった。

 まあ、それはいい。それはいいのだが……、


「なんだろう……この喪失感は……」


 まるで、胸にぽっかりと穴が開いてしまったかのような空虚感というか喪失感というか、そんな感じの寂しさが俺を包んでいる。

 しかし、何が俺をそんな気分にさせているのかが、まるで見当がつかない。

 今回は女神達の事を忘れていないので、それでは無い事は確かだ。


「あ、起きたでちか」


 俺が、空虚感の正体について考えていると扉を開けてエレメアが入ってくる。


「目が覚めたなら、ついてくるでち。話があるでちから」


 エレメアはそう言うと、俺の答えを聞かずにさっさと行ってしまう。

 俺は、妙に痛む体を無理矢理動かして、エレメアについていく。

 しばらく進み、ある部屋に入るとフラムやアルディ、ケットが雑談をしていた。


「あ、アルバ様。おはようございます」


「おはよう、フラム」


「……」


「アルディ、大人しいけどどうかした?」


 俺とフラムが挨拶を交わしていると、いつもなら元気いっぱいに挨拶しながら抱き着いてくるアルディが珍しく静かだったので、尋ねてみる。


「…………」

 

 しかし、アルディは何も喋らず、無言で首を横に振るだけだった。

 明るいのが取り柄のアルディが珍しいな。


「さて、アルバも起きたことだから、昨日の事について話すでちよ」


「ああ、そういえば、あの人達は何でここに来たんですか?」


 俺は、途中から来たのであいつらの目的を聞きそびれてたしな。


「……邪神が各地に封印されているというのは知っているでちか?」


 エレメアの言葉に俺は頷く。

 その話は学園長から聞いたしな。魔法学園にも封印されてるし。


「って、まさか」


「そう、そのまさかでち。この地にも……正確には私が、封印された邪神を管理してるでち。どこで、嗅ぎ付けたかは分からないけど、奴らはそれを奪いに来たわけでち」


 なるほど。だから、七元徳が3人もやってきたのか。


「普通の奴が来れないように、邪神の魔力を利用して強めの魔物を配置してたんでちが……まさか、あっさり来れるとは流石に予想外だったでちよ」


 ……ああー、そういうことか。

 魔物は基本、邪神の魔力から生まれる。魔法学園の迷宮も、封印している邪神を利用して魔物を出現させていた。

 おそらく、この森も同じ要領で魔物を出現させていたのだろう。

 確かに、あれだけの強さを持つ魔物がうじゃうじゃ居るのならば、普通は入ろうとはしないからな。


「ま、あんだけ圧倒的な差を見せつけたんでちから、しばらくは来ないでちね」


「あ、そういえば……あの氷漬けになった方はどうしたんですの?」


 話を聞いていたフラムが、思い出したように尋ねる。

 ああ、そういえば置いてかれた女軍人が居たな。


「そいつについては、また後で話すでち。まずは……アルバとアルディについてでちよ」


 俺とアルディ? 一体、何についてだろうか。

 アルディに関しては、名前を呼ばれたらぴくりと反応をしていた。


「まず、アルバ。お前は、邪神の力を制御することに成功したんでちね?」


「そうですね。とはいえ、あんまり使い過ぎると邪神の侵食が進んでしまうみたいなので、長時間は使えないみたいですが」


「うん、それは良いでち。ただ、その影響でアルディとの契約が切れてるんでちよ」


 エレメアの言葉に俺は、一瞬何を言っているか分からず固まってしまう。


「精霊は基本、純粋な魔力を好むでち。後天属性を覚えたりして、魔力が混ざると契約は打ち切られるでち」


 それは、昔アルディからも聞いていたので知っている。

 だが、俺は土属性以外に適性が無いので、それしか覚えていない。


「そして、それは邪神の力も例外じゃないでち。今までは、水と油のような関係で混ざりあってなかったでちが、今回、制御に成功した事で魔力が完全に混ざりあったでち。それで、契約が打ち切られたんでちよ」


 そんな馬鹿なことが……などと否定したかったが、起きた時に俺を襲った空虚感。それに、アルディの態度がエレメアの言葉が正しいと証明していた。


「アルディ……そうなのか?」


 それでも一縷の希望にかけ、俺は俯いているアルディに話しかける。

 

「…………うん。あのね、昨日からアルバの心の声が聞こえないんだ。アルバとの繋がりも感じなくなっちゃったし……。一度覚えた知識とかは無くならないけど、もうアルバと契約が出来ないの」


 アルディは、泣きそうな顔をしながら俺にしがみついてくる。


「ねえ、アルバ! 私、どうしたらいいの? アルバと一緒に居たいよ! 契約っていう繋がりが無くなったら、私……アルバに捨てられちゃうの⁉」


「アルディ……」


 アルディはきっと、不安で仕方ないのだろう。

 思えば、10年近くアルディとは繋がっていたのだ。それがいきなり途絶えたとなれば、純粋なアルディにとって、それはとても恐ろしいものだろう。

 正直、どうやって慰めていいか分からない。

 だから、俺は素直な気持ちを言う事にする。


「ねえ、アルディ」


 俺が優しく声を掛けると、アルディは俺の服を掴みながらビクンと震える。


「俺はね、アルディの事が好きだよ。それこそ、10年近くも居るんだから尚更だよ。俺も、アルディが居なきゃ寂しくて仕方ないんだ。契約がもう結べなくなっちゃったのは確かに残念だけど……それ以外の……そう、家族としての絆は繋がったままだと思うな」


 我ながらくっさいセリフだと思うが、これ以外言葉が思いつかなかったので仕方あるまい。


「アルバ……私、アルバの傍に居て良いの?」


「ああ、むしろ俺の方からお願いしたいよ」


「ア、アルバアアアアアア‼」


 アルディは感極まったのか、嬉しそうに叫びながら俺に抱き着いてくる。


「うう、良い話ですわ」


「ワイ、涙が止まらんわ。よかったなぁ、アルディはん」


「若いって良いでちねぇ……」


 気づけば、俺以外の3人が温かい視線で見守りながら、ウンウンと頷いていた。

 冷静になってみると、人前で物凄く恥ずかしい事をした事に気づく。


「……穴があったら入りたい」



「はい、というわけでアルバとアルディの青臭い青春劇を堪能したわけでちが」


 すんません、まじでイジるの勘弁してください。


「ふん、私の体型をからかうお前が悪いんでちよ」


 さりげなく、人の心を読んでくるエレメアは、フンと不機嫌そうに鼻を鳴らしながら言う。

 

「まあ、いつまでもイジってても話が進まないのでやめてやるでち。んで、昨日捕まえた奴でちが……入るでち」


「なっ⁉」


 エレメアの言葉と共に扉が開き、例の女軍人ことリスパルミオが入ってくる。


「なんで、この人が自由に動けるんですか? 敵なんですよ、この人は」


「心配は無用であります」


 俺の疑問に対し、女軍人はビシッと気を付けをしながら答える。


「その通りでち。今のコイツは無害でち」


「私は昨日、アルバ殿とエレメア殿に敗れたであります。敗者は勝者に従うもの……故に、私に敵対する意思はないであります」


 そう言って敬礼をするが、正直信じられない。

 仮にも、邪神復活を目論む組織の幹部なのだ。その場しのぎの演技かもしれない。


「正直……信じられないですね。だって、この人は敵ですよ?」


「申し訳ないですが、私もそう簡単に信じられませんわ……」


 フラムも、彼女の対し警戒しながら言う。

 まあ、銃を壊されたのだから無理もあるまい。


「うーむ、どうすれば信じてもらえるでありますか?」


 って、言われてもなぁ……。


「死ねと命令されれば、もちろん潔く死ぬであります。靴を舐めろと言われれば舐めます。公衆の面前では言えない事なども……ああ、そこはダメであります! は、恥ずかしい……でも、アルバ殿のご命令ならば……」


 リスパルミオは、急に頬を赤らめると自分の体を抱きしめ、クネクネと動き始める。


「ちょ、勝手に人の名前出さないでくれますか! それに、変な命令なんか出しません!」


 まるで、俺が変な命令を出したみたいじゃないか!


「……え? 出さないのでありますか?」


 なんで、そんな残念そうなんですかねぇ。


「……エロバ様」


「エロバだねぇ」


 リスパルミオにツッコむ俺に対し、フラムとアルディは冷ややかな視線でこちらを見てくる。


「ちょ、誤解だよ!」


 それでも、僕はやってない。


「さぁ、エロバ殿! 本能の赴くまま、肉欲にまみれた命令をするであります! 捕虜である私は、悔しそうに睨みながらもエロバ殿の求めるままに……」


 リスパルミオは、ハァハァと息を荒くしながら頬を紅潮させて、段々と近づいてくる。

 肉欲とか言うな! 生々しいわ!

 つーか、お前もエロバとか言うな! 俺が、まるでスケベ野郎みたいじゃねーか!


「ああ、くそ! 分かった、分かりましたよ! 信じますから、それ以上は勘弁してください!」


「信じていただけたようで、何よりであります」


 俺が叫ぶと、先程までと打って変わって普通の表情に戻ると、再び気を付けの姿勢に戻る。

 あ、くそ! さっきまでの演技か!


「改めて、私の名前はリスパルミオ。リズとお呼びください」


 そう言ってリスパルミオ……リズは、恭しく頭を下げる。

 ……仕方ない。信じるといった手前、とりあえずは信じてやるか。

 万が一、何かを仕掛けて来ても魔人モードになれば倒せることは、証明済みだしな。


「それでアルバ殿……」


 リズは、俺に近づくと何やら耳元で囁き始める。


「もし、お望みならば……欲望のままにご命令を」


 しねーよ!

 演技じゃなくてガチだったよ、ちくしょうが!

 

 【悲報】七元徳にまともな奴が居ない件について

 もしネットがあれば、掲示板にそんな感じのスレを建てたくなった俺だった。

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