104話

「なんで私達が、ここに来るって分かったの?」


 俺達の姿を見て、マリィが警戒しながら尋ねる。


「ふっ、あまりに引き際が良すぎたのでね。気配を消してこっそり尾行してたんですよ。僕の目を欺くなんて100年早いという事です」


「なに、さも全部自分のお蔭みたいなことを言っておるんじゃ。奴らの居場所が分かったのも尾行が出来たのもワシのお蔭じゃろうが」


「あ、ちょっとグラさん! ネタばらししないでくださいよ」


 俺が自慢げに説明していると、グラさんがヤレヤレとため息をつきながら後ろから現れる。

 まったく、少しくらいカッコつけさせてくれてもいいじゃないか。

 それに、此処に地下室がある事は、夕飯前に地形探査ソナー使って調査してた時に知ってたし!


「ふふ、女の子2人だと思って油断してたわ」


 マリィは、肩をすくめながらため息をつく。

 女の子2人……?

 フラムとアルディの事か?


「それで? 私達の裏をかいたお嬢さんの名前を教えてくれるかしら?」


 俺はてっきり、フラムに聞いてるのだと思いフラムの方を見る。


「どこ見てるの? 貴女よ貴女」


「……僕ですか?」


 まさかと思いながらもマリィに尋ねるとマリィはコクンと頷く。

 アルディが、ポンと俺の肩に手を置きドンマイという顔をしていた。超むかつく。


「って、僕は男ですよ! それと名前はアルバです!」


 くそう、久しぶりに間違われた!

 冒険者になりたての頃も散々間違われていたが、知名度が上がるにつれてそれは減ってきたと思ってたのに……。

 いやさ、髪を伸ばしてる俺にも責任はあると思うよ?

 でも、前に髪を切ったら短髪は似合わないってアルディとフラムに言われたんだよ。

 両親にも見せたら、何か違うって言われたしさ……。

 自分の美的感覚が信じられないから他人に従うしかないじゃんよ。

 いやほら、なんだかんだで自分も長髪に慣れてるし、良いんだけどね……。


「へぇー、男の子なの? 女の子みたいに可愛いのねぇ」


「こんなに可愛い子が女の子のわけがないんですよ、お嬢」


「……貴方は、時々わけが分かんない事を言うわね、ロン」


 結構、業が深そうな事を喋るロンという男に、マリィはあきれ顔で言う。


「ふふん、アルバ様は可愛くてカッコいいんですわよ!」


「そうだそうだー! フラムの言う通りだぞ、褐色おっぱい!」


 アルディとフラムが、何故か自慢げな顔をしながらマグロ団に向かって叫ぶ。

 やめて! 身内による身内自慢ほど恥ずかしい事は無いからやめて!


「お、お嬢。こんな事してる場合じゃないんだな」


「そうだった! アルバちゃんに構ってる場合じゃないのよ」


 俺がアルディとフラムの無自覚な精神攻撃に悶えていると、小柄デブのセリフでマリィは、何かを思い出しのかポンと手を叩く。

 つーか、アルバちゃんって呼ぶな。


「丁度アルバちゃん達も居る事だし、見せてあげるわ。この館の主人が何をやっていたかを」


 彼女はそう言うと、デブの方に合図をして奥の方に明りを向ける。


「ひっ……」


「これは……」


 光に照らされた先には、凄惨な光景が広がっていた。

 フラムは、短く悲鳴をあげ両手で口を押さえ、グラさんは信じられないと言う顔をする。

 俺もただただ、絶句することしか出来なかった。

 奥から漂ってくる臭いで嫌な予感はしていたのだ。随分鉄臭いとは思っていた。

 散々嗅いだことがある臭いなので、察することも出来そうだったのだが、俺の本能がそれを拒否していたのである。

 しかし、実際にその光景を目の当たりにしてしまったら、もはや理解するしかあるまい。

 目の前には、多くの人間“だった”ものが転がっていた。

 子供の方は、俺よりも年下に見える子ばかりで、どの子も苦悶の表情を浮かべて息絶えており、見る者の精神を削る。


「……フロッガーはね。奴隷を買っては、こうやって殺しているのよ。理由は分からないけどね」


 マグロ団の面々も、精神的に参っているのか辛そうな表情を浮かべている。


「私達の目的は、悪人を根絶やしにする事よ。ま、そのついでに金目の物はいただいてるけどね。悪人に人権は無いって言うし犯罪じゃないわ」


 ドラゴンも跨いで通る女の子が言いそうなセリフだな。

 とまあ、そういう軽口は置いといて……まじで、きつい光景だな。


「どうして…………こんな、酷いことが出来ますの」


 フラムも、目の前の光景を前に涙目になっている。

 冒険者として暮らすうちに、精神的に強くなったとはいえフラムは女の子だ。

 その精神状態は容易に想像できる。


「いやいや、奴隷をどう扱おうと私の自由ですよ」


 いつの間にか、フロッガーさんが両脇にメイドを従えながら、下卑た笑みを浮かべ部屋の入り口に立っていた。


「まあ、それはさておきお手柄ですぞ。アルバ様。世間を騒がしているコソ泥を追い詰めるなんて……これは、報酬を増やさないといけませんな」


 フロッガーさん……いや、フロッガーは、この場の空気が分かっていないのか、明るく言い放つ。


「アインス、ツヴァイ。奴らをとらえなさい」


 アインスと呼ばれた赤い髪をツインテールにしたメイドと、ツヴァイと呼ばれた青髪ストレートのメイドが、フロッガーの言葉に無言で頷くとマグロ団の方へと向かう。


「……どういうつもりですかな? アルバ様」


 メイド2人の前に立ちはだかる俺を見て、フロッガーは片眉を上げながら尋ねる。


「1つだけ聞かせてください。どうしてこんな事をしたんですか?」


「こんな事……とは?」


「とぼけないでください! どうして、子供を中心にこんな酷い事をしたんですか!」


「いやいや、先程も申し上げた通り、奴隷をどう扱おうと私の自由なのですよ」


「それは間違っていますわ! 確かに奴隷をどう扱っても法では罰せられません。……ですが、こんな一方的な虐殺は出来ないはずですわ!」


 フラムの言う通りだ。

 奴隷は、基本的に合法的に認められている。

 借金が理由だったり、犯罪者で奴隷に落ちたりなど理由は様々だ。

 そして、奴隷にも種類がある。

 戦う事を目的とし、護衛や闘技場で戦う戦闘メインの剣奴けんどや労役メインの労奴ろうどが居る。

 奴隷の間は奴隷紋と呼ばれる魔法的な刻印が刻まれる。

 これは、奴隷の身柄を拘束するとともに最低限の身を守る効果がある。

 奴隷の種類は、基本的に先程言った2種類だけで、よくフィクションである性的な奴隷などの性的欲求を満たす奴隷というのは扱っていない。

 女の奴隷ともなれば、下種な奴に買われれば、無理矢理“そういう事”も強制されることもある。

 それを防ぐのが奴隷紋である。そういう事をしようとすれば、そいつに対し強力な電流が流れるのだ。

 奴隷に護身用のスタンガンを持たせていると思えば良い。

 なので……本来ならば、このような一方的な虐殺は出来ないはずだ。


「……ああ、それならば簡単ですよ。此処に居る奴隷は全て、非合法ですからな」


 フロッガーは、悪びれる様子もなく言い放つ。

 どの世界でもそうなのだが、こういう非合法な面と言うのは存在する。

 こればっかりは、どんだけ潰しても必ずどこからか湧いてくるのでキリがない。

 しかし、それを実際に目の当たりにするとやはり胸糞が悪い。


「この子達は、私の若さを保つための贄になってもらったのです」


 フロッガーは、両手を仰ぎつつ説明をし始める。


「私は老いが怖かった。ですが、数年前とある人に出会い、変わったのです。若い人間の血を浴びることで私の若さは保たれるようになった! こう見えて私……今年80歳なんですよ? 色々試すうちに、子供が一番若返りに効くのが分かりましてな、おかげでぴちぴちですよ」


 フロッガーの顔は、お世辞にも美しいとは言えないが、少なくとも80代には見えない。

 せいぜいが30代と言った所だろう。


「あの人には感謝してもしたりません……永遠の若さを手に入れたのですからな!」


「ゲスね」


「はっはっは、妬みにしか聞こえませんな。他人の妬みは、私の美味い酒の肴になりますね」


 マリィの言葉に対しフロッガーは、狂気に満ちた笑顔で嬉しそうにしながら答える。

 こいつは……放置していたらダメだ。

 これ以上、こいつなんかのしょうもない目的のために、人を死なせるわけにはいかない。


「分かりました……貴方にはしかるべき裁きを受けてもらいます!」


 俺は、一瞬の隙を突いてメイドの間をすり抜けると拳を振り上げて、気絶させるためフロッガーに殴りかかる。


「……サセナイ」


 作り物の様な、男とも女とも判断の付かない掠れた声で喋りながら、アインスと呼ばれたメイドが俺の拳を右手で防ぐ。

 そして、その華奢な体からは予想できない程の膂力で俺をそのまま力づくで吹き飛ばす。


「アルバ様!?」


「……っとおっ、危なかったんだな」


 フラムの悲痛な叫びを聞きながら吹き飛ばされていると、小柄デブの人が俺を受け止めてくれる。


「あ、す、すみません……えーと」


「グ、グルって言うんだな」


 ああ、そうだ。グルだグル。

 

「ふむ……アルバ様は、どうやらコソ泥の味方をするようですな……そちらは、どうしますか?」


 フロッガーは、フラム達の方を見ながら尋ねる。


「決まってますわ。アルバ様が、貴方を敵とみなした以上、私はアルバ様に従いますわ」


「私もだぜ!」


「ワシは、アルバと契約してるから当然奴の味方じゃ。それに……貴様からは嫌な匂いがするな」


「なるほどなるほど。ならば、全員敵と言うわけですな。アインス、ツヴァイ。アルバ様とフラム様以外は殺して構いません。そちらの2人は贄になってもらいます」


 メイド2人は、再び頷くと両手を変形させ剣やハンマーなどに変化させる。

 

「……さっきの力といい、どうやらメイド2人も只者じゃないようね。アルバちゃん、ここは共闘するわよ」


 元々敵対するつもりはなかった俺は、マリィの申し出に頷く。


「それじゃ……行くわよ!」


 マリィの言葉を合図に戦いの火ぶたが今切られた。

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