第70話

 武闘大会の予選が始まり第1と第2予選が終わり、いよいよ俺の番がやってきた。

 モブの試合なんか細かく説明しても仕方ないしな、俺の出番の時だけ分かればいいんだよ。


「アルバ、頑張ってきてね!」


 ヤツフサが俺の背中を軽く叩いて激励してくる。


「私は応援してくれないのー?」


「え? あ、アルディちゃんも頑張ってきてね」


「うん、頑張るよ!」

 

 不満そうなアルディにヤツフサは慌ててフォローするとアルディは満足げに頷く。


「それじゃ行こうか」


「はーい!」


 アルディを肩に乗せて俺達は闘技場に登る。

 観客席は満員で、歓声に包まれていた。

 目玉イベントというだけあってやはり凄い人気だ。

 観客席も圧倒されるが俺と同じ予選ブロックの面々もなかなかのプレッシャーを放ってくる。

 1ブロック大体40人程度で今回の参加者は240人程となる。

 参加者の多さにも驚きだが、40人が普通に戦える闘技場の広さにも驚きである。

 広いとは思ってたが、ここまで広いとは思っていなかった。

 周りを見るとどいつもこいつも自信に溢れた顔をしておりやる気に満ち溢れていた。

 その熱気に気圧されそうにもなるも、俺は自分の頬を叩き気合を入れる。


「頑張ろう、アルディ」


「うん、任せておいて!」


 俺が話しかけると、アルディは任せろと言わんばかりに自分の胸をドンと叩く。


「アタシも張りきっちゃうわよん!」


 頼むからお前は大人しくしててくれ。


「おやおや、お人形さんとお話とはずいぶん可愛らしいね」


 無駄に張り切っているミリアーナを無視しながら俺とアルディが話していると後ろからキザったらしい口調で話しかけられる。

 後ろを向けば、1人の男が立っていた。

 肩まで伸びるウェーブのかかった金髪、線は細いが女受けしそうな顔は一昔前の少女漫画に出て来そうなイケメンなフランス貴族を彷彿とさせる。

 白銀の鎧に赤いマントを羽織っており、中々自己顕示欲も強そうだ。


「武闘大会には毎回腕に自信のある生徒が参加するが君の様なメイドさんは初めて見たよ」


「あはは、ちょっと自分の力を試してみたかったんですよ」

 

 どこかナルシストっぽい男に話しかけた俺は笑いながら適当に答え、その場を離れようとするが男は、自分の前髪をファサっとかきあげ俺の手を握る。


「ここで会ったのも何かの縁だ。美しいメイドの少女よ、僕の強さを特別に間近で見せてあげよう」


 男は、うっとりするような視線で俺を見つめながらそう言ってくる。

 

「い、いえ、遠慮します。僕達は敵同士でしょう? そんな手の内を明かすような真似をしていいんですか?」


 男の熱い視線に悪寒を感じ、俺は手を振り払い丁重に断る。


「ふふふ、愛し合う2人が戦う運命にある……なんとも悲劇的でなおかつ情熱的だと思わないかね?」


 何言ってんだコイツ。


「何言ってんのかしら、この子」


「この人何言ってんだろうね、アルバ」 


 あまりの意味分からなさぶりに奇跡的に意見が合った瞬間だった。


「君の様な可憐な花は予選で敗れ去って良い理由が無い。本戦で僕と美しくもはかない戦いを繰り広げるべきなのだ。そして戦いが終わり……僕と君は……ふふ、これ以上は試合が終わってから語り合うとしよう」


 うえーん、気持ち悪いよー!

 今まで出会った中で一番嫌なタイプだよー!


「うーん、中々カッコいいけどちょっと私の好みじゃないわねー」


 ミリアーナさん、そんなこと言わずにコイツを何とかしてください!

 

「えー、それでは人数が揃いましたので第3ブロックの予選開始!」


 キザナルシスの言動に俺が戦慄しているとクララの声が響く。

 ああよかった! この気持ち悪い空間からやっと脱出できる!

 クララの開始の合図で舞台に上がっていた参加者たちは各々が武器を構えたり魔法を唱えたりし始める。

 

「僕の名前はアンダー。アンダー・ドッグス。この武闘大会の優勝者の名前だ。覚えておくが良い!」


 俺も周りと戦おうと準備をしようとすると、アンダーことキザナルシスが腰に差していたレイピアを抜くとそう高らかに宣言する。


「風の精霊アネモスよ! この僕に力を与え、この醜き者達に裁きを!」


 アンダーがそう叫ぶと俺とアンダーを囲むように風が渦巻きはじめ近づいてきた参加者を切り刻む。


「無詠唱で魔法……いや、違う」


 こいつとは別の場所から魔力の奔流を感じたことから、この魔法はこいつではないと分かった。


「アルバ……この人……精霊と契約しているよ」


 やっぱりか。

 最初に風の精霊って言ってたしな。


「ほお、そこの小さなレディはよくご存知の様だ。そう、僕の先天属性は風だからね。風の精霊と契約するのは当然の事なのさ。『旋風』のアンダーとは僕の事さ!」


 知らねー。

 俺は聞いたことが無いが、この状況を見るにそれなりの実力者なのは間違いないだろう。


「おーっと! アンダー選手が舞台の真ん中で竜巻を発生させ他の選手が近づけないでいます! しかし、竜巻の範囲はさほど広くない! 近づかなければいい話なので決定打には欠けるようだ!」


 確かに、クララの言う通り竜巻の規模自体はそれほど大きくない。

 参加者たちも、後回しにしようと考えたのか竜巻から離れ戦っている。


「ふふん、浅はかな。これはあくまで僕が魔法を唱え終わるまでの防壁に過ぎないと言うのに」


 どうするつもりなのかとアンダーの方を見ると、アンダーは不敵な笑みを浮かべて魔法を詠唱し始める。

 そして、詠唱を終えるとこれまたキザったらしいポーズをとり魔法を放つ。


「愚民どもよ、跪くがいい! 痺れ薔薇の嵐ロサ・トルメンタ!!」


 魔法を放った瞬間、舞台全体にバラの花びらが舞い始める。

 バラの花びらは、風に乗り俺達を中心に渦巻きはじめると、他の参加者たちはうめき声を上げてバタバタと倒れはじめる。

 

「おーっとこれはどうしたのかー! アンダー選手とアルバ選手を中心にバラの花びらが舞ったかと思えば参加者たちが次々と倒れていくー!」


「ふふふ、麻痺毒のお味はどうだい? 美しいバラには棘がある……覚えておくが良い」


 うわぁ……凄いけどうぜぇ。 

 ドヤ顔な所が輪をかけてうぜぇ。

 しかし、本人はウザいが魔法自体は強力で俺たち以外の参加者は例外なく麻痺に掛かっており、舞台の上に倒れ伏していた。


「さぁ、審判よ。勝者の名前を高らかに叫ぶがいい。このアンダー・ドッグスとこの美しき少女の名前を!」


 アンダーは、芝居がかった動作でマントを翻す。

 彼の言葉を聞いて、クララは他の参加者が動けないのを確認すると手を挙げて宣言する。


「アンダー選手とアルバ選手の勝利です! あっという間の決着です! 予選とは言え、誰がこんな短時間の決着を予想したでしょうか! 優勝者と自称するだけはあります! アルバ選手は……あー、ラッキーでしたね!」


 俺に関して特に言うことが無かったのか、クララはおざなりに俺の事を評価する。

 まあ、何もしてなかったので仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 しかし、このアンダーとかいう奴……見かけに反して普通に強いな。

 こいつと本戦で戦う時には注意が必要だな。


「あーうー、私何にもできなかったぁ……」


 やる気満々だったアルディは、不完全燃焼なのか俺の肩の上で不満そうにダレている。


「まぁ、予選から手の内を明かさなくて済んだと思えばラッキーだよ。アルディには本戦で頑張ってもらうから」


「アタシも本戦でハッスルしちゃうわよぉ!」


 だから、お前は何もしなくていいっちゅうねん。


「ふふふ、それでは本戦で戦えるのを楽しみにしているよ」


 アンダーは、微笑みながら俺の右手をとるとあろうことか、手の甲に口を付けると薔薇の花びらを纏いながら颯爽と立ち去っていく。

 俺は、歓声で埋まっている闘技場を後にして控室に戻っていく。


「アルバ! 凄かったね、あの人……アルバ?」


 ヤツフサが、尻尾を振りながら話しかけてくるが俺はヤツフサに構う余裕が無くそのまま控室を出てトイレへと向かう。


「……」


「アルバ?」


「どおしたのぉん?」


 先程から黙っている俺を心配そうにアルディとミリアーナが話しかけてくるが、今の俺は答えることが出来ず先程の事を思い出す。


「…………ぬわああああああああ! 気持ち悪いぃぃぃぃぃぃぃ!」


 俺は蛇口をひねり、先程口を付けられた手をゴシゴシと洗う。

 あのキザ野郎! よりにもよって俺の手の甲にキ、キ、キスをしやがった! 

 

「ぜはぁ……ぜはぁ……うう、まだ感触が残ってる……」


「そんなに嫌だったの、アルバ?」


 大分人間らしくなったとはいえ、まだそこらへんの細かい人間の心理に疎いアルディが不思議そうな顔で尋ねてくる。


「同性に手の甲とはいえ、キスをされたら気持ち悪い物なんだよ」


「あぁん、可哀そうなアルバちゅわん! 私が消毒してあげ……はい、なんでもないです。だから塩はやめてください」


 ミリアーナが俺の手をとり口をにゅっと突き出してきたので、俺は塩を投げる準備をするとミリアーナは俺の手をサッと放す。


「くそ、この屈辱は本戦で返してやる……」


 やっと、先程の感覚が無くなって落ち着いた俺はそう決めるとトイレから出る。


「うわっ!?」


 その瞬間、何か弾力のあるものにぶつかり俺は尻餅をついてしまう。


「おおっと、わりぃわりぃ……大丈夫か?」


 そう言って手を差し伸べてくるのは、俺と同じような赤い髪の胸元が大変豊かな褐色の女性だった。


「ちょっとよそ見しちまっててよ。怪我は無かったかい?」


 中々ワイルドな口調の彼女は俺を立たせるとパンパンと汚れを払ってくれる。


「いえ、こちらこそすみませんでした」


「いやいや、俺も悪かったからよ。ところで、アンタ今男用から出てきたように見えたんだが……」


「あ! それは違うんです! 模擬店の方で男装の執事と女装のメイドの喫茶店をやってそれで……」


 学園外から来たお客さんからあらぬ誤解を受けてはマズいと俺は慌てて訂正する。


「ああ、なるほどな。てっきりそういう趣味があるのかと思ってびっくりしたぜ」


 赤髪の女性はそう言うと快活に笑う。

 ……うーん。なんかこの人、どっかで会ったことがある気がするんだよなぁ。


「あの……すみませんがどっかで会ったことありますか?」


「あー! アルバ、私と言う者が居ながらナンパなの!?」


「違う! そういう誤解をされそうな言い方はやめなさい!」


「まあ、意外とおませさんなのね」


 えーい、アルディもミリアーナもここぞとばかりに弄りやがって!

 確かに、普通に好みだけども!


「ははは、可愛い男の子にナンパされるなんて俺も捨てたもんじゃないな」


 赤髪の女性も俺達のやり取りを見ながら笑ってくる。

 くそう、無駄に恥かいちまったぜ。


「んでも、俺達はこっちで会うのは初めてだぜ」


 ん?

 俺は赤髪の女性の言葉に何か違和感を覚える。

 それが何か考えていると新たな人影が3つ現れる。


「あら、姉様。こちらにいらしたのね」


 そこには、透き通るようなウェーブのかかった青い髪のゆるふわ系のおっとり美人。緑色のロングヘアーで切れ長の目が涼しげな美人という印象を与えるスレンダーな美人。そして俺と同じくらいの年齢のショートヘアの茶髪のエストレア先生を彷彿とさせる体型の美少女が立っていた。


「おお、すまんすまん。少し迷ってしまってな」


「まったく、はしゃぐのも良いですけど良い年なんですから少しは自重してくださいな」


「なにおぅ。お前だって同じくらいの歳の癖に」


「あら。私はきちんとおしとやかにしていますもの。ガサツな姉様とは違いますわ」


「お?」


「あ?」


 俺達を放って赤髪の女性と青髪の女性は火花を散らし喧嘩を始める。


「ほらほら姉さん達! その子が困ってるでしょうが!」


「人前で恥ずかしい……」


 茶髪少女と緑髪の女性が窘めると、喧嘩をしていた2人はバツの悪そうな顔をして喧嘩をやめる。


「お、おお……すまなかった」


「申し訳ありませんわ……」


 怒られた2人は俺の方を向くと頭を下げる。


「い、いえ……気にしてないですから」


「そう言って貰えると助かるわ。それはそうと、貴方って確か武闘大会参加者よね?」


「え? あ、はいそうですよ」


 茶髪少女が尋ねてくるので俺は答える。


「まぁ、頑張りなさいよ。土属性が優勝したらきっと皆の見る目も変わると思うから。それじゃ、私たちは行くわね」


「あ、はい。ありがとうございます。学園祭楽しんでいってください」


 茶髪少女は、そう言うと手を振って他の3人と一緒にその場から立ち去っていく。

 何やら談笑しながら立ち去っていく4人を見送ると俺は1つの謎に気づく。


「……あれ? 俺、土属性って言ったっけ?」


 予選の段階では、まだそこらへんは紹介されていなかったはずだし……。


「ね、ねえアルバ……」


 俺が不思議に思っているとアルディが声を震わせながら話しかけてくる。


「ん? どうした?」


「さっきの人達さ……ううん、きっと気のせいだと思うし何でもない!」


「……? それならいいけど」


 一体どうしたと言うのだろうか。


「って、そうだ! あいつのせいで忘れてたけどヤツフサを置いてきちゃった! ヤツフサは確か第5ブロックだったからまだ時間はあるよな……」


 俺は、ヤツフサの事を思い出すと急いで控室へと戻るのだった。

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