大人編
~モノローグ~ & 尻尾の医師(1)
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時の遍歴職人が、その都市に帰ってきて言った。
――建物の雰囲気がめっきり様変わりしちまってて。で、あっしの元いた皮なめしの職場もないんじゃ仕方なし、もうちょっと放浪でも続けるかという気分だったんでさ。そいでもあっしには、金がなかった。仕方なく、雑草ばかり食って命をつなぎながら、日雇いの仕事でも探そうと思ってまして。そんな生活も数日、暑さもあって、いよいよ意識がもうろうとしてきて。そこへ現れたのが、狐の尻尾を持った青年でさ。ついにあっし、幻覚を見はじめた、もうおしまいだ、最後にひとり、結局顔を合わせていなかった女房と会いたいなどと思いながら、何とか意識を飛ばさないように歯を食いしばってた。そしたらなんと、その芯の細そうな青年に抱えあげられていて、施療院に放り込まれたんでさ。
そこではそれはもう、よくしてもらった。何やらわからない言葉を唱えると、あっしのめまいやら疲れやらがふわっとどこかへ飛んでいって。こら、
あれ、こちらでは狐憑きは、確か不吉の象徴ではなかったか? と思わないでもなかったけど、ともかく助けてもらってるんだし失礼なことは言えんな、と思って黙ってた。そいで、仕事の当てがないといったら、施療院の力仕事を任せてもらえるようになって。さらには街のすみのぼろ家に住むことになってた女房にも会えて、女房はあっしに口づけをしてくれた。もう天にも昇る思いでさ。感謝、感謝です。
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ラファルはその日の施療を終え、暑さに滲み出す汗を白衣の裾でぬぐった。
彼は院を訪れる者の名前、症状をつぶさに記録していて、その筆致も明快だった。
「まさかあの文才のなさから、ここまでになるとは想定外だったな」
魔女とラファルは交代で傷病者の面倒を見ているが、ラファルが記録をつけるようにしてからは引継ぎが円滑にすみ、治療効果も高まった。
「あたしのおかげなんだけど」
アマンダは椅子に腰かけながら、ため息をついた。最近、息切れが激しい。
初めてラファルと会ってから、五年が経過していた。アマンダの顔のしわはさらに深くなり、最近は何だかぼんやりすることが増えた、と言っている。
――お前の見立てでは、アマンダはどうだ。
施療院で二人きりになったとき、魔女がラファルに問うた。
――心の臓の活力が非常に弱まっています。もって数カ月、かと。
ラファルの冷静な予測は、魔女のそれとほぼ合致していた。
――なるほど。
口では冷静に言っている。魔女自身も、冷静に診断ができている。しかし、竹馬の友に対し容赦なく余命を突きつけられ、魔女は動揺していた。
――お前の魔力をもってしても、彼女の治療は不可能だろうか?
――母さん、残念だけどそれはできない。心の臓の活動ばかりは、本人の魔力増幅力に頼らざるを得ないって、お母さんが教えてくれたじゃないか。
それを教えたことを、失念していた。
――僕らにできることはアマンダさんを幸せにあの世まで送ってやることじゃないかな。母さんの気持ちも分かるけど、人の天命には逆らえない。
――お前に心配をされるなど……生意気になったものだな。
そうは言いながら、魔女は内心で、このような子を育てたことに誇りを感じていた。
純白の衣装の似合う、狐耳の好青年。健康的な肉体で、狐らしく切れ長の眼つきであるが、笑うと途端に人懐こい表情となる。施療院の女性たちに、とくに人気があると魔女は聞いていた。
施療院をすっかりこの街の名物魔法使いとなっていた彼と、交代で切り盛りするようになった。しかし、それもまだ一年と満たない。真面目に的確に任務をこなしていく姿を魔女はよく患者から聞かされた。
あの尻尾の長い子、とても心優しい子ですね。育て方がいいのかしら。
そんな台詞を、おそらく経産婦であろう女に言われると、頭に快感の渦が駆け巡った。
狐憑きと、弾劾されるかと思っていた。しかし、いまだに施療院が人でごった返すようなこの混迷の街では、彼はわりとすんなり受け入れられた。これまでにないほど、呆れるほど、この街は荒廃しきっていたが、領主はそれを意に介しているそぶりも見せない。
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