7 「弱小モブ騎士団」結成される

 イングランド王子アストルフォとデンマークの騎士ドゥドンは、ターハルトの町を離れ北の港町アルジェを目指した。


 幻獣ヒポグリフで空を飛ぶというのは、便利な移動手段であるように思える。

 ところが一人乗りであるため、身の回りの世話をする従者すら同道できない。

 故にアストルフォは道に迷ってしまい、食糧調達もままならずうっかり餓死する寸前だったのである。


「ちょ……アストルフォ殿。助けていただいて何ですが、本当に考えなしにアルジェリア国内を飛び回ってたんですね……」

「はっはっは、むしろドゥドンに感謝しなくちゃあいけないね!

 きみの従者のご厄介にならなければ、本当に野垂れ死ぬところだったよ!」


 爽やかに歯を光らせ、相当に情けない台詞を言ってのけるアストルフォ。

 黒崎ロジェロや大勢の騎士たちが彼と共に冒険をしていたのは、彼を放っておくと大惨事になる予感がしたからなのかもしれない。


 しかしアルジェの町に到着した時、アストルフォ達を待っていたのは更なる難問だった。

 船が調達できなかったのだ。アルジェだけではない。北アフリカ沿岸の船という船は、人々の生活に必要な最低限の漁船を除き、ほぼサラセン帝国軍に接収されてしまっていたのである。

 これでは地中海を渡り、フランク王国に辿り着く事ができない。


「……どうしましょう、アストルフォ殿。かくなる上は、民間人の舟を借り受けるしか……?」


 ドゥドンは遠慮がちに申し出てみたが、アストルフォは首を振った。


「それはできない……彼らにも生活がある。舟が無ければギリギリで食いつないでいる現状すら破綻してしまうだろう。

 それにボクたちは小勢とはいえ、全員を乗せようとすれば艀舟はしけぶねを何艘、取り上げねばならないか……」


 アストルフォは唇を噛んだ。この非常時にサラセン人の生活の心配をするのは、傍目には愚かな思慮かもしれない。

 しかしドゥドンはどこかホッとしていた。虜囚とはいえ、これまで散々世話になったアルジェリアの人々に、迷惑をかけたくないというのが本音であったから。


(ここで足踏みする訳にはいかないが、他に手段もないのでは……

 アストルフォ殿の慈悲には申し訳ないが、進退窮まれば従者たちに頼んで、民間人を無理矢理『説得』するしかあるまい。汚れ役は我らが引き受けよう。

 だが願わくば、我らがイエスよ。無辜むこの民を脅かす事なく、我が国を救う道をお示し下さい――)


 何かを成し遂げるには、別の何かを犠牲にしなければならないと言われる。

 ここで誰にも迷惑をかける事なく、船が手に入るようなご都合主義の奇跡など、起ころう筈がない。それはドゥドンも分かっていたが……それでも神に祈らずにはいられなかった。


 しかして、天の采配か――ドゥドンの祈りは聞き届けられる事となる。

 アルジェの町の波止場に向かって、一艘の巨大なガレー船が向かってきているのが見えたのだ。


(おおっ……飛んで火に入る夏の虫という奴か? サラセン帝国の船だろうか?)


 ドゥドンはこれ幸いとばかりに思考を巡らせた。あの船が敵方のものであれば、相当数の兵が乗り込んでいるだろう。

 それでもアレを拿捕し、接収せねば先には進めない。どんな手を使ってでも……

 ふと霧が晴れ船の旗が見えた時、ドゥドンは目を疑った。


(なッ……あの旗は……イスラム教国を示す『月と星』ではない。

 あれは『双頭の鷲』……東ローマ帝国!? ギリシアの船が、何故こんなところまで!?)


 アルジェの警備兵たちが殺到するも、装備も貧弱であり、まともな戦闘力があるようには見えない。

 ガレー船から降り立った男は、痩せぎすの騎士であった。


「えー。ボクたちはぁ、商業目的で来たのでェす! ホラ、船だって東ローマの奴でしょ?

 超仲悪いのは知ってるけど、サラセン帝国と今は戦争してないでしょ? 戦いに来たんじゃないの。分かるゥ?」


 騎士のたどたどしいアラビア語の言い分に、警備兵たちはいかにも胡散臭そうにしているが。

 ドゥドンは思わず進み出てしまった。


「そなたは……ピナベル殿か!?」

「あん? そういうお前さんは、ドゥドンか? デンマーク勇者オジェの息子の?

 得物が武骨な鉄棒で『もっとマシな武器を父から受け継がなかったのか』って、陰口叩かれてたあの?

 シャルルマーニュの使者として旅立ったはいいが、魔女モルガナにとっ捕まったあの?

 その後はロドモンにもとっ捕まって、フランク騎士の間で『特技:捕まること』とまで揶揄されたあのドゥドン!?」

「そんな風に伝わってんのォ!?」


 痩せぎすの目つきの悪い騎士の名はピナベル。悪名高きマイエンス家の不実な男である。

 ピナベルはショックを受けているドゥドンの隣にいるアストルフォを見て、不穏な笑みを浮かべた。


「おおお! そこにいるのはアストルフォじゃあねェか! 派手な装備してるから一発で分かったよ!」

「ボクに用事なのかい? えっと……ピナベル、殿?」


「用事も何も、わざわざレオ皇太子からガレー船借りてまでアルジェリアくんだりに来たの、アンタを見つけ出して連れ戻すためだよォ!

 シチリア島に立ち寄ったら、エチオピアじゃあなくてアルジェリアで空飛ぶ馬の噂を聞いたからさァ。

 しかしアルジェでいきなり見つかるとは思わなかった! これ以上先へ進む手間が省けたな!」


 ピナベルは大喜びで、アストルフォやドゥドンらを歓迎した。

 これまでアルジェリアの警護をしていたドゥドンと友好的だったのが功を奏し、アルジェの警備兵たちも警戒を解いた。

 二人がガレー船に乗ると、見知った顔ぶれの騎士たちとの再会も果たした。


「アクィランにグリフォン、サンソンにグィードじゃないか! 元気そうで何よりだよ!」


 ピナベルと共に船に乗っていたのは、かつてアストルフォやロジェロと共に冒険した四人の騎士たち。

 実力の程は……ブラダマンテやマルフィサ、マンドリカルドに瞬殺されるレベルなのでお察しであるが。


「アストルフォ殿。あんたの噂は聞いてるよ! いい男だァな!」

 ピナベルは下卑げびた笑みを浮かべ、嬉しそうに言った。

「何よりその装備品! 分かるぜェ! 金かかってんだろ? 超金持ちでなけりゃ揃えられねえ!

 アンタみたいな男とよしみを通じたかったんだ! 宜しく頼むぜェ旦那ァ!」


 下心丸出しの、ある意味潔さすら感じる不実な騎士の言葉に、さしものアストルフォも圧倒され気味であった。

 アストルフォから「オルランドの心」の話が出ると、ピナベルはさらに喜色満面となった。


「マジか! オルランドを殺さずに正気に戻す方法があるってか!

 こいつはますます、フランク王国に急ぎ戻らなきゃあならねェな!

 行くぞ弱小モブ騎士団! 今回の討伐作戦、第一級の勲功を上げるのはボクたちだァ!」

『誰が弱小モブ騎士だピナベルてめェ!?』


 ドゥドン他、その場にいたモブ騎士一同は抗議の声を上げたが、ピナベルは取り合わなかった。


(クックック。ボクの人生、今までロクな事なかったが……ここに来てようやく、日の目を浴びれそうな気がしてきたぜェ!

 これぞ一世一代の出世大チャンスって奴だァ!

 騎士として武名を轟かすのに、個人の武勇は決定的な差じゃねえ!

 ボク自身が頑張る必要もねェ! 借りれるモンは何でも借り、利用できるモンは何だって利用する! それがこのピナベル様の人生哲学だ、文句あっかァ!?

 嫌われ者でも、憎まれっ子でも、やられ役でも! 主役を張れるって事を証明してやるぜェ……!!)

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