10 タタール王、マルフィサを求めて

 北イタリア、ヴァロンブローザ。ピナベルの療養する礼拝堂チャペルに、馬に乗った東洋風の軽装の騎士がやって来た。

 ピナベルの妻に脅された四人の騎士は、ブラダマンテ達に敗北した後も何となく警護の任務を続けていた為、早速外に出て対応した。


「貴殿、この辺りでは見ぬいでたちだな。何者か?」

「俺様の名は――」


 その頃ブラダマンテとマルフィサ、そしてピナベルの妻は、怪我をしたピナベルの世話を焼いていた。

 だが外から騒がしい喧騒と荒々しい蹄鉄の音が聞こえてきたので、ブラダマンテとマルフィサ、二人の女騎士は建物の外に出て様子を伺った。


 彼女たちが表へ出ると、四人の騎士が無様に這いつくばり、苦しそうに呻き声を上げている光景が目に入った。


「なッ…………!? ええと――みんな、大丈夫!?」


 ブラダマンテ――司藤しどうアイは驚いて四人に駆け寄った。名前を呼ぼうとして思い出せなかったのはご愛敬。


「――ムーア人といい、フランク人といい。実に弱い。弱すぎる!

 西方の地には、この程度の力量の戦士しかおらぬのか?」

 四人の騎士を瞬く間に打ち負かした東洋の騎士は、侮蔑の視線で敗残者を見下していた。

「俺様に挑もうというのなら、もっと腕を磨いてから出直せ!」


「あなた……いきなりやってきて何の用? 名乗りなさい!」

 ブラダマンテは傲岸なる異国の騎士を睨みつけ、詰問した。


「俺様の名はマンドリカルド。偉大なる父アグリカンの遺志を継ぎしタタールの王である!」


 マンドリカルドと名乗った異国の王は、フランク人ら西洋騎士とはまるで異なる風貌であった。

 深紅の羽根飾りを頂にひるがえす奇妙な兜。剣を佩かず、身に着けている武器は弓と槌矛メイス。東洋騎馬民族らしい、細目の冷たい印象を受ける顔。しかし身に纏う意気オーラで分かる――幾多の修羅場を潜り抜けてきた、歴戦の手練れであると。


「――ただならぬ相手のようだな」マルフィサが言った。

「いくらこちらが、あたし達にあっという間に敗れたへなちょこ四人組とはいえ」


「ちょっとはフォローしなさいよマルフィサ……」


 味方にまでこき下ろされ、四人の騎士は涙目だったが。

 マンドリカルドは美しきインド王女の姿を見た途端、口の端を釣り上げて不気味な笑みを浮かべた。


「おお、やはりここにいたのか。インド王女マルフィサ!

 噂通りの麗しさよ。実はな――そなたに用があって、俺様自ら赴いたのだ」


 タタール王の言葉に、マルフィサは一瞬眉をひそめた。


「このあたしに用だと? 一応聞いておこうか」

「……そなたに目通りして欲しい男がいるのだ。

 アルジェリア王のロドモンという。彼奴と会い、もしそなたが慕うに足る器量であれば。是非とも彼奴の伴侶となって貰いたいのだよ」


(ちょっ……! いきなり何言ってるのよコイツ!?)


「マルフィサを……ロドモンの妻にって! あなた正気なの?」

「仕方あるまい。俺様はこの前、ロドモンの婚約者であるドラリーチェ姫のミンネを奪ってしまってな。

 もはや俺様とドラリーチェは互いに慕い合う仲ゆえ。せめてもの詫びに、そなたのような美しき女性をあてがってやろう、と思ったのだ」


 悪びれもせず、胸を張るタタール武者。

 そんなマンドリカルドの身勝手な申し出を聞き――マルフィサは破顔一笑。朗々たる声を上げた。


「この武骨なるマルフィサに懸想する殿方がおられるとは、光栄の極みだな。

 だがやんぬるかな! 我が兜にあしらわれし不死鳥フェニックスの意味を知っているか?」


 いきなり問い返され、マンドリカルドは首を捻った後「いいや」と返答した。


「不死鳥は五百年の時を、誰ともつがいにならず火口に身を投げ、再生するという。

 すなわちこの兜。戦士として生き、生涯誰とも添い遂げる気はないという意志のあらわれなのだ!」


(えぇえ……じゃあその兜、『一生誰とも結婚しません!』って意味なんだ……

 わたしは流石にちょっと嫌かも……)


 心の中で少々引き気味のブラダマンテとは対照的に、誇らしげに堂々と言い放つインドの王女。しかし付け加える。


「だがもし、このマルフィサを傍に侍らそうと望む男あらば。自ら一騎打ちにて堂々と打ち負かされたし!

 あたしをロドモンの妻としたいならば、彼自身をここに連れてくる事だな!」


「――残念だけど、それはもう叶わない話ね」ブラダマンテも口添えした。

「アルジェリア王ロドモンなら、パリでこのわたしが討ち取ったわ。

 あの世に旅立った人と結婚なんて、無理な話でしょう?」


 ロドモンの死。マンドリカルドはその情報を知らなかったらしく――大きく目を見開いた。

 しかし次の瞬間。マルフィサに勝るとも劣らぬほどの大声で、けたたましく笑い出した。


「なん……だと……くくっ、くっくっくっく……ふははははァはははッ!!

 あのロドモンが! 死んだ! しかも、フランク人の女騎士に敗れて……だと?

 何というくだらない死に方だ! 愚者にして弱者たる小物に相応しい末路よ!

 なるほど。グラダッソの言っていた通りだな――この世界線、今までとは随分と話が違うようだ」


「!?」『世界線』なる言葉を聞き、ブラダマンテの表情が強張った。


「? 何の話をしている――?」マルフィサは怪訝そうに問い返す。


 マンドリカルドの不穏な発言を聞き、司藤しどうアイは以前アンジェリカの言っていた話を思い出した。

 タタール王マンドリカルドとセリカン王グラダッソ。彼らもまた、この「物語」が幾度も繰り返されている事を知っている――


「――これで分かって貰えた? マンドリカルド、だったわね。

 ロドモンがこの世にいない以上、あなたにマルフィサと争う理由がないって事を」


 ブラダマンテは平静を装い、『世界線』の話を流そうとした。

 暗に実力が未知数のタタール王との戦いを避けようと、思い巡らしたのだ。

 しかしマンドリカルドは茫洋とした表情になり――鋭い声で言った。


「そういう訳にもいかんのだ、フランクの女騎士よ。

 インド王女マルフィサには、アフリカ大王アグラマンから同盟軍として救援要請が来ている。

 つまり――このような地で油を売っている暇はない。直ちにサラセン帝国の援軍として、戦列に加わって貰いたいのだ」


 それを聞いて、ブラダマンテは今更ながらに思った。

 一緒に仲良く旅していたため自覚はなかったが、マルフィサはサラセン帝国側の人間であり、本来なら自分とは敵同士なのだ、と。


「残念だがタタール王よ。あたしはアグラマン殿の配下になったつもりはない。

 貴公やグラダッソ殿と同様、対等の立場の同盟軍であると認識している。

 いつ参陣するかはこちらで決める! 故に今すぐ馳せ参じさせようと望むなら――腕ずくで言う事を聞かせるのだな」


《マルフィサ! 何もここで戦う事ないじゃない!

 一応立場的には、マンドリカルドとあなたは味方同士なんでしょう?》


 せっかく穏便に話を済ませようとしたのに、マルフィサに梯子を外されてブラダマンテは小声で抗議した。

 しかし――マルフィサもまた小声で言葉を返す。いつになく真剣な口調で。


《気遣ってくれて済まない、ブラダマンテ殿。

 だが――マンドリカルドはやる気だ。

 こちらがどう言い繕おうと、槍を交えずしてやり過ごす事は不可能だろう。

 だったらせめて――ここであたしの戦いぶりを目に焼き付けておいて欲しい》


 優しく微笑んだ後、馬に乗り臨戦態勢を整えるマルフィサ。

 ブラダマンテは心にわだかまりを残しつつも、二人の一騎打ちの立会人を務める事になったのだった。

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