12 ブラダマンテ、新たな旅立ち
魔女の島から美姫アンジェリカが逃亡し、最強騎士オルランドがそれを追いかけ去って後。
瀕死の重傷を負ったロジェロはすぐさま、魔女ロジェスティラの都の治療室へと運び込まれた。
一時は生命も危ぶまれたが、魔女の召使いたちの献身的な手当の甲斐もあり――四日後の夕刻には彼は失った意識を取り戻したのだった。
「……
ロジェロ――黒崎がうっすらと目を開けると――パッと顔を輝かせて自分を覗き込む
先刻まで泣き腫らしていたのだろうか、彼女の目は微かに赤い。
「――
「周りに他に人はいないわ。
どうせ自分の顔は、美貌の女騎士ブラダマンテではなく、現実世界の平凡な女子高生の顔に見えているんでしょう、と付け加えた。
ホッとして緊張の糸が緩んだのか――アイは黒崎の冷たい手を握り締めた。
「もう、無茶な事をして。死んだらどーするのよ!」
「――オレ、考えが甘かったみたいだわ。
さすがにこの物語の最強騎士っつーだけの事はあるな、あのオルランドって奴。
そーいや、一騎打ちはどうなったんだ?」
「そうか……何とか、追っ払えたみたいだな……
アンジェリカには悪い事をしちまったかなぁ。結果的に助けられちまった」
「そうね。彼女も心配だけれど――今は怪我を治す事を考えてよ、黒崎。
一命は取り留めたみたいだけど、ロジェスティラさんやメリッサの話では、当分の間は絶対安静だって言ってたわ」
ふと気恥ずかしくなって、アイは咳払いしながら言った。「万一黒崎が死んだらバッドエンドで物語終了なんだから」と。
それを聞き、黒崎は改めて神妙な面持ちになり――ただ一言「悪かった」と謝罪した。
二人の会話にしばしの間、沈黙が訪れた。
(……うー、何よ。妙にしおらしくなっちゃって。
そう素直に謝られたら、これ以上喋れないじゃない!
どうしよ、何か気まずくなってきたわね。えーと、話題話題――)
(……やっべ、謝り方を間違ったか……?
ここで何も言ってこないって事は、怒っちまったのかな?
どうしよう、取り繕おうにも言葉が浮かんでこねえ――)
アイと黒崎ともども停滞する空気を打破しようと、
イングランド王子アストルフォと、尼僧メリッサが入ってきたのだ。
「意識が戻ったというのは本当かい、我が友ロジェロよ!
心配したぞ! あの深い傷を負いながら、わずか数日で目覚めるとは! 大したものだ!」
大袈裟に二人の間に割り込み、嬉しそうにロジェロの手を取る美貌の騎士。
黒崎としては気恥ずかしく、鬱陶しくもあったが……アイがこっそり「アストルフォが止めに入ってなかったら、あんたきっとトドメを刺されてたわよ」と耳打ちすると、さすがに態度を改めた。
「そうか……アストルフォ。あんた意外と勇気があるんだな。見直したよ。
危ない所を助けてくれて、ありがとうよ」
「我が友の危機だ! 助けに入るのは当然の事、お礼など結構さ。
傷が癒えたら、また一緒に美女の浴場を覗きに行こう、我が友ロジェロ!」
油断していたところに誤解を招く爆弾発言。黒崎は「一瞬でも友情を信じたオレの感動を返せッ!?」と大声で罵った。
ブラダマンテとメリッサの表情が消え、二人に蔑んだ視線が向けられたのは言うまでもない。ちなみにアストルフォは何故か喜んでいた。
「あ――そうだ、アストルフォさん」
ブラダマンテ――アイは、ふと謝罪すべき事があったのを思い出した。
「貴方の持っていた黄金の槍、海魔オルクとの戦いで落としてしまったわ。
とても扱いやすくて、素敵な業物だったのに――本当にごめんなさい」
「はっはっは! 気にする事はないよブラダマンテ!
元々あの槍は拾い物だったし、馬上試合用の槍なんて、突撃して折れてナンボの消耗品だからね!
怪物を撃退するのに役立ったのなら、きっとあの槍も本望だろうさ!」
対するアストルフォは笑顔で親指を立て、水に流してくれた。実際彼の言う通りであり、武器の強度が進歩した後の時代になっても、わざと折れやすいように加工して使っていたのだ。派手に折れた方が試合が盛り上がるという話であるが、下手に折れずに突き刺さると命に関わるという、切実な理由も関係している。
しかし黒崎だけは知っている。あの黄金の槍のチート性能を。勿体ない事をした訳だが、気づかずに有耶無耶にするのが得策だろうと思い、黙っていた。
「とにかく、ロジェロ――いえ、黒崎」
アストルフォとメリッサが二人に気を利かせて退出してから――ブラダマンテは改めて口を開いた。
「島を出た後、
幸いこの島ならロジェスティラさんの治療を受けられるし。あんたの傷が完全に癒えるまで、わたしここで看病するわ」
だが彼女の提案に、ベッドに横たわる黒崎は首を振った。
「駄目だ。そんな事をしたら、せっかく手に入れた時間を無駄にしちまう。
本当はオレも一緒に行きたかったが、こうなったら仕方がない。
パリ。フランク王国の要であり、現代でもフランスの首都として有名な都市だ。
黒崎の言葉に、アイは不思議そうに首を傾げた。
「どうして? パリで何が起こるの?」
「オレの予想が正しければ――もうすぐパリはサラセン帝国軍の猛攻に晒される。
そうなったら、敵味方両方に凄まじい死者が出るんだ。それを防いで欲しい」
黒崎の知る「狂えるオルランド」の展開通りに話が進むとは限らないが――彼の言い分によればサラセン帝国軍はすでに、トゥールやポワティエといったフランク王国の主要都市を陥落させ、パリ間近に迫っているのだという。
本来ならばブラダマンテもロジェロも、パリ攻防戦に関わる事はない。だが介入しない場合、助けられるかもしれない人命が数多く失われるだろう。
「それは――由々しき事態ね。分かった、すぐにでも行くわ。
メリッサに
「すまねえ。お前だけにキツイ役目を押し付けちまって……」
沈痛な表情の黒崎に対し、アイは笑って答えた。
「何言ってるのよ。あのオルランド相手に一騎打ちを挑んだんだから。むしろ命があっただけめっけもんでしょ。
もちろん無茶はしないで欲しいけど――ちょっとは、かっこよかったし」
思わず口にした言葉に、黒崎の顔が真っ赤になる。アイもそれを見て、ようやく自分の発言の意味に気づいた。
わたわたとうろたえ、「えと、うん、ブラダマンテとしてロジェロを見た場合の感想だから!」と微妙に体裁の整っていない言い訳をするのだった。
**********
魔女の島から解放された騎士たちは、それぞれの陣営の帰路に着くため思い思いに去っていった。
ロジェロの今後の看病は、ロジェスティラとアストルフォに任せる事にした。
「任せておきたまえブラダマンテ。
ロジェロ君が全快したら、空飛ぶ
とはアストルフォの言。後にロジェスティラから「貴方の場合そのまま送り出すと不安なので……」と、ヒポグリフを上手に乗りこなすための鞍、あらゆる呪文を解除する呪文書、聞く者に恐怖心を植え付け逃亡させる角笛など――数々のチートアイテムが彼に対し贈られた。
過保護なまでの至れり尽くせりで、その様子を見たロジェロが「オカンかっ!」とツッコまずにはいられなかったのはまた、別の話。
その日の夜、ブラダマンテはメリッサの変身したペガサスに乗って、魔女の島を飛び立った。
進路は北北西。目指すは――パリ。
凄惨なる戦争にて散る悲劇を、少しでも食い止めるために。
(第3章 了)
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