10 聖剣デュランダル

 最強騎士オルランドの持つ聖剣デュランダル。

 その名の意味するところは「不滅の刃」。岩をも容易く斬り裂く恐るべき切れ味を持つ。

 二千年前の英雄ヘクトルが所持していたとされ、その黄金色の柄の中には四人の聖者たちの聖遺物――聖ペテロの歯、聖バジルの血、聖ドニの毛髪、聖母マリアの衣服――が納められているという。


「我が剣デュランダルを見るがいい、ロジェロ殿」


 ぼうっと輝きを放つ両刃剣ロングソードを構え、オルランドは呼びかけた。


「最初に言っておこう。デュランダルに関する諸々の伝説は嘘っぱちだ」

「――ぶっちゃけすぎだろお前!?」


 唐突かつ身も蓋もないカミングアウトに、ロジェロ――黒崎くろさきは思わずツッコんでしまった。幸いアストルフォ他、周囲の騎士たちの耳には届いていないようだが。


「考えてもみるがいい。おかしいとは思わないか?

 いかにヘクトルが英雄で、デュランダルが業物であったとしても――二千年前の剣が現代まで形を保ち、今のいかなる武器よりも強いだとか、非現実的だ。

 聖者の遺品だか何だか知らんが、歯やら血の跡やら、髪の毛やら服の切れ端やらを柄に入れたところで、武器が強くなる訳がない」

「そりゃまあ、確かにそうだけど……」


「キリスト教のクソ坊主どもは、この剣をシャルルマーニュが神より賜ったモノだとか吹聴しているがな。

 そもそも俺は、サラセン騎士アルモンテと戦い打ち負かした時、デュランダルを戦利品トロフィーとして得た。

 あの男、自分をアマゾン女王ペンテシレイアの子孫だとかうそぶいていたが、信じていいものやら……まあ、どうでもいい話だ。

 この剣が奴の手にあった時は柄に聖遺物など納めてはいなかったし、その頃から素晴らしい切れ味だったよ、コイツはな」


 オルランドは笑みを大きくした。ロジェロの背筋にゾクリと悪寒が走る。


「――俺の言いたい事は分かるだろう? 俺が最強なのはデュランダルがあるからではない!

 俺自身が強いからだ! 俺がデュランダルを持つのは、真の勝者にのみ許された特権であるからだ!」


 最強の騎士の言葉と共に、聖剣デュランダルの放つ光が一段と強くなる。


「そしてこの剣には――俺にとっても貴殿にとっても、喜ばしい秘められし力があってな」

「……どういう意味だ?」


 ロジェロの問いにオルランドは答えない。すぐに分かると言いたげな笑みだ。

 やがてロジェロは防御の姿勢のまま、じりじりとオルランドに近づき――雄叫びを上げて己の剣を振るい、打ちかかった!


 先刻までの静かなる戦いと打って変わって、ロジェロの魔剣は一閃振るわれる毎に、スピードと威力を増していく。

 あの最強騎士オルランドが、冴え渡るロジェロの剣技を前に防戦一方だ。


「――何あれ、凄いじゃない! 黒――ロジェロの奴」


 猛攻を続けるロジェロの雄姿に、ブラダマンテは弾んだ声を上げた。

 恐るべきオルランドとの一騎打ちなど、正気の沙汰ではないと思っていたが――いざフタを開けてみれば、ロジェロのペースで戦いが進んでいる。


 だがアストルフォは険しい表情を浮かべ、ロジェロの身を案じていた。


「おかしい、と思わないか? ブラダマンテ」


「どうしたの?」ブラダマンテ――司藤しどうアイは訊き返す。


「ロジェロ君はオルランドに勝つ必要などない。アンジェリカを逃がすまでの時間稼ぎが、この一騎打ちの目的だからだ。

 にも関わらずあの果敢な攻め。まるでオルランドを本気で打ち倒そうとでもしているかのような――」


 アストルフォの危惧は当たっていた。

 ロジェロの精神はどういう訳か、これまでにないほど高揚しており、当初の作戦を忘れて全力で一騎打ちに勝とうとしていた。


「くくッ――いいぞ、ロジェロ殿。それが貴殿の全力か。想像以上だ。

 先刻までの及び腰は手を抜いていたのか? それとも本調子ではなかったか?」


 ロジェロの連撃をデュランダルで受け止めつつ、オルランドの心は喜びに満ちていた。


 これこそ彼の持つ聖剣の真の能力。己と敵対する者の闘争本能、潜在能力を限界近くまで引き出す。

 この力の術中に落ちた相手は、デュランダルを奪おうと全力で襲いかかってくるのだ。

 これまで大勢の騎士や悪漢たちが、最強であるはずのオルランドを恐れず戦いに挑み、敗れ去った最大の理由。デュランダルに秘められし呪いとも呼べる力。並の騎士では己を上回る力を得た強敵に敗れ、聖剣を奪われてしまうだろう。それ故に彼は戦いに勝利する度、己こそが最強であるという自負を深めていった。


(ムーア人のロジェロ。貴殿の力は実に素晴らしい!

 俺と幾日にも渡って死闘を繰り広げた、先代のタタール王アグリカンに匹敵する実力よ。このオルランド、久々に血がたぎってきたぞ……!)


 これが黒崎自身ですら引き出しきれていない、ロジェロの持つ本来の実力。速く鋭いだけでなく、一撃一撃が重い。いかな刃物で傷つかない肉体を持つオルランドといえど、まともに浴びれば深刻なダメージを被る事になるだろう。

 未だにロジェロ優勢の試合展開。だがアストルフォは青ざめていた。


「ブラダマンテ! これ以上は危険だ。

 このままでは、ロジェロ君は殺されてしまうぞ!」


 アイは耳を疑った。ロジェロが……黒崎が、殺される? こんな所で?


「嘘。何言ってるのよ――?」

「今のロジェロ君は普段以上に優れた剣捌きだが、オルランドもそれに応じようとしている!

 オルランドはボクが止めに入る前に、ロジェロ君を殺す気だ!」


 一騎打ちは何らかのアクシデントが発生した際、待ったをかけて中断させる事もできる。

 かつてブラダマンテとアルジェリア王ロドモンの対決時、ロジェロが割り込んできたように。一騎打ちの最中に横槍が入ったケースは幾度となく存在するのだ。


(フン、アストルフォの奴め。俺の思惑に勘付いたか!

 だが一手遅い! 貴殿が止めに入る前に、ロジェロにとっておきの一撃をくれてやるッ!)


 アストルフォとブラダマンテが、危機を察知しロジェロに駆け寄ろうとした――まさにその時。

 ロジェロの放つ斬撃の嵐をかいくぐり、オルランドは大胆とも呼べる踏み込みを行い――デュランダルの切っ先が、ロジェロの左胸めがけて強烈に突き刺さった!


 鎖帷子チェインメイルが斬り裂かれ――おびただしい鮮血が舞い散り、地面を黒く染めた。


「ロジェロッ!?」ブラダマンテ――アイは悲痛に叫んだ。


 眼前で起きた事が信じられなかった。心のどこかで、この世界は作り物。全てはお芝居。夢の中の出来事――そんな風に思っていたのかもしれない。

 だが今はっきりと見えた。つい昨日まで憎まれ口を叩き合った、腐れ縁の悪友の顔が蝋燭のように白くなり、口元から血が伝うのを。


 ロジェロに――黒崎くろさき八式やしきの魂に、死の足音が迫りつつあった。

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