其の肆
瑠美からの連絡が返ってくることはなかった。結局連絡を待っている時間だけ呆けていて、家に帰ってからはテレビを見ているだけだった。中学時代からの友人から遊びに誘われたが、岡村先生の気持ちを思うと自重することにして結局出掛けることはなかった。
四時頃にはさと美が帰って来て一緒にアニメを見て過ごした。その後、スーパーで行われる七時のタイムセールに行く靖子にさと美と一緒に買い物に付き合うことになった。
本当に今日の夜は赤飯のようで材料を買っていた。他にアイスやお菓子などを買ってもらった。他にも色々と安かったので卵やキムチ、牛乳を三本なども買った。
帰り道は、まだ少しばかり明るい日の沈みかけている時だった。荷物持ちになった紗理奈と里美は自分達の物も買ってもらったので感謝の気持ちを言葉にした。
「お婆ちゃんありがとう」
「良いんだよ。それよりもさと美、重くないかい?」
「平気平気。お姉ちゃんの方が重いと思うよ」
「私も平気。それよりお婆ちゃん、聞いても良い?」
「なんだい?」
「昔から宮部家にお世話になってるって言ってたけど、どんなことでお世話になってたの?」
「紗理奈はやっぱり覚えてないのかい?」
「私が?」
「それはまぁ良い。あの昼にあった麗ちゃんのお爺さんにね、おれは助けられたんだよ」
「除霊とかしてもらったの?」
そう言ったら、靖子はニコニコと笑っているように見えたが、どうしてか目は寂しそうだった。
「なぁに、おれがした失敗を許してくれたのさ。年取ると辛いよ。若い時のことを覚えていることがね」
話をはぐらかされたのでもう一度質問の内容を変えて聞こうとしたが
「お婆ちゃんの昔のこと聞きたい!」
さと美の無邪気な笑顔に靖子は頷いてゆっくりと語り出した。
「そうだねぇ。おれが紗理奈くらいの歳だった話でもしようかね」
「うんうん。聞きたいなぁ」
さと美の目からはキラキラした光線でも出ているのではないかと思った。まぁ、そんな話を自分も聞いたことはなかったので興味はある。
「あん時は、戦後から十年以上位経った時だったよ。貧しかったけど、人間の心が温かい時代だったよ」
靖子は懐かしい風景を思い出しているように遠い目をしていた。
「あの時は勉強なんてろくにしていなかったし、おれは男勝りでお淑やかとは無縁だったね。でもね、おれが生涯で一番忘れちゃいけないのに会ったのさ」
「それって男の人?」
「まぁ……そうだね」
「恋バナだぁー!」
さと美は眩しいほどに羨ましがっているように見えた。紗理奈も意外な話だったので気になって聞いてみることにした。
「学校の同級生とかだったの?」
「いや、学校の帰り道だったかな? 急に雨が降ってくるもんだから、バス停で雨宿りしたのさ。そん時にね、おれが雨宿りしていたら、来たのさ」
「それでそれで!」
「持っていた傘をおれに渡して、ニッコリと笑ったのさ。そして、何も言わずにどっかに走って行っちまった」
「それが最初の出会いだったんだね。なんだかロマンチックぅ」
さと美はそういった展開に憧れを抱いているようだ。靖子は
「初めて会ったときは、男か女か解んなかった。それくらい綺麗だったよ。どうにかして傘を返そうと思ってね。次の日バス停で通るのを待ったのさ。そしたら突然現れてねぇ。おれは声も出なかったよ。その目に見つめられたら、おれはおれじゃなかったね」
「お婆ちゃん恋したんだね」
「おれがしをらしくしたのは初めてだった。良いかい、あの子がカッコいいだのなんだのと言ってもね、所詮それは恋じゃないのさ。恋ってのは自分を狂わせるのさ。だからね、おれは狂ったのさ」
「ねぇねぇ、詳しく話してよぉ」
さと美は言葉を濁す靖子を急かしていたが、紗理奈は話を聞いていて何か違和感があったが、それが何なのか解らないが、何かおかしい気がした。
「そうだね、おれはありがとうって言って傘を渡したよ。その時はそれで終わったのさ」
「なんで!?」
「おれはね、胸がはち切れそうで死ぬかと思って、逃げたのさ」
「えぇ! それで?」
「でもまた会いたくて次の日もおれはバス停に行った。そしたらね、もうバス停でおれを待ってたのさ」
「その人もお婆ちゃんを待ってたんだね! うわぁーときめきー」
「おれは誰かを待ってるんですかって聞いた。そしたら、俺を指差して君を待ってたって言われたよ。そこで丁度これくらいの日が暮れる時間までずっと話していたよ。俺は聞いたよ。名前をね。その名前は今でも覚えているよ。そして、また会えますかと聞いたよ。そしたらね、また会えるように指切りしようって言われたのさ。嬉しかったね。その時は……」
「ねぇねぇ、お婆ちゃんの恋はどうなるの?」
「また今度話そう。ちょっと疲れちまったよ」
「えぇー、最後まで聞きたいよー」
さと美は駄々をこねているが、それ以上靖子は話をしてはくれなかった。家に帰ってから三人で夕食を作った。
その時もさと美はしつこく話の続きをして欲しいと言っていたが、結局はぐらかされてしまった。
あきこが帰ってきたのは八時半頃になっていた。当然あきこには料理を見た時に疑問が生まれ「どうして赤飯なの?」という問いかけになる。それに靖子は「紗理奈が神前祭で巫女をやるからだよ」との答えに呆れていた。
夕飯を食べてあきこから次に紗理奈、さと美、靖子でお風呂に入った。十時頃になってテレビを見ている時に靖子は「もうおれは寝るよ」っと言ったので全員で「おやすみ」を言った。
さと美はその後の十時半には部屋に行って、あきこもそれに続いた、紗理奈はスマホを眺めて呟いた。
「瑠美ちゃん、どうしたのかな?」
気になったのでふと夜分ではあるが電話を掛けてみると
『現在、電波の届かない場所にいらっしゃるか、電源が――』
「え!?」
何かあったのではないかと思うのは当然である。行動的な瑠美のことを考えると何か良からぬことをしている、もしくはしたのではないかと不安になった。そうは言っても
「家の電話番号解んない! あぁー! どうしよう!」
ソファーの周りをぐるぐる回りながら考えを巡らして美鬼に電話をしてみることにした。電話の呼び出し音を鳴らしているが、電話に出る気配がない。
「何で!?」
続いてはじめに電話を掛けてみるが呼び出し音がずっと流れいているだけで出る気配がない。
「どうして!? みんなに何かあったのかな?」
紗理奈は唐突な恐怖に襲われた。自分以外の人が、事件に巻き込まれてしまったのではないかと思うと最悪の想像が頭に浮かんでくる。美鬼が金棒を持って巨大な山のような人影に向かって走って行く。はじめが叫んで無名を構えていた。はじめの目の前には小柄な人影が――。
「あれ!?」
どうしてかそれが鮮明に思い浮かんできた。いや、違う。これは
「私……見たことある……いつ見たの?」
その時、急激な寒気と共に空に轟く雷鳴が聞こえると、家の電気がすべて消えて真っ暗闇なった。
「え!? 停電!?」
スマホのライトを付けてリビングのドアを開けて顔だけ出した。さと美、あきこ、靖子は部屋から出てきてはいなかった。
「もしかして……境界の中なの!?」
そして、聞き覚えのある音が聞こえてきた。太鼓の音色と共にリビングの掃き出し窓のカーテン越しに火の玉が通ったのが見えた。
「お婆ちゃん!」
紗理奈はスマホの小さなライトで照らされた光を頼りに客間に走った。そして、引き戸を開けた。
「お婆ちゃん!」
開けた瞬間に目に飛び込んできたのは、火車が靖子を肩に背負って連れ去ろうと掃き出し窓から外に出ようとしたところだった。
「お婆ちゃん!」
「ギャオー!」
火車はそのまま炎の上に乗り空高くへと飛んで行き雲の中に入ってしまった。
「お婆ちゃーん!」
紗理奈は玄関に向かって靴を履き急いで外に出た。火車の乗っている炎で雲の中にいても場所は解った。全力で走っても相手があまりにも早く飛んでいるので追いつけない。
スマホで美鬼にもはじめにも電話をするが繋がらない。無情にもどんどん距離を離されていく。息が荒くなってきた。汗が全身から溢れ始め、空を見ながら走っていたので足がもたついて転んでしまった。
「痛っ! あぁぁぁぁぁぁ! 誰かぁぁぁぁぁー! お婆ちゃんを助けて! 美鬼ちゃん! 先輩! 京狐さーん!」
泣きそうになるのを堪えながらもう一度立ち上がろうとした時だった。救いか、それとも――
「お困りやねぇ。ウチが何とかしてあげるでぇ」
目の前にいたのは満面の笑みを浮かべる京狐だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます