噂 後篇(加筆修正版)

 二人は鞄に机の中の教科書とノートを入れると二人で教室を出た。他の教室でも話し込んでいる生徒が何人かいた。


 どんな話をしているのかは解らないが、自分と瑠美が話していたような内容でないことは確かだろう。

 紗理奈は鞄を左肩に掛けていたが、瑠美は両手で鞄を持っていて清楚な感じを醸し出している。そう思った。


「小林さんはオカルトっていうか、そういう話に興味があるなんて意外だったなぁ。確か入学してから学園七不思議的なやつを研究だか捜査みたいなことしてたよね?」


「興味があるのは事実だよ。だって面白いと思わない? この世にはまだまだ人間が理解できない全てを超越した何かがあるんだよ。さっきの口裂け女の話だって、79年より以前の、江戸時代から存在しているの。摩訶不思議な物語は時代と共に形を変えて伝承され私達の前に何度も現れるの。それは決して科学の力では証明できない何か。そして、私はそれをこの目で見て確かめて見たいの」


「目で見たモノだけが全てじゃないと思うよ。そういうのって信じるか信じないかじゃないかな?」


「違うの。今ここで、この町で確かに何かが起きている。その答えが何なのか。どうして起こり始めたのか。噂が流れだした原因があるはずの。何かが起こっているのは確かなの。きっとパレードが関係しているのは間違いない。そして、この町に人ではない者達が現れ始めた。私はそう思ってる」


 確かに占い師の噂は自分でも聞いたことがあるが、何処から始まったのか解らない。それでも実際に占いをしてもらった人がいるのだから実在する人物なのだろうと思うのだが、瑠美が話していた他の話はどうしても現実的ではないことは確かだ。


 人ぐらい大きな猫、町の屋根から屋根を駆け抜ける白装束の人の集団、口裂け女。どれも話を聞いただけで本当のことではないのは明白である。それでも惹かれるもの、ロマンとでも言うのだろうか。それがこういった話にはある。


 人は幽霊や呪いと言った類を好んでいるように思う。人ではない者のせいにすれば簡単だからとそう思ってしまう。


 人の想像力は無限と言うが有限だ。どんなことにでも限界がある。仕方のないことだが、それが真実だ。結局は想像を超えることが現実に存在することなどないのだと紗理奈は思っている。


 瑠美には悪いが、彼女の考えを否定するつもりはないし、ロマンを思い求めることは素晴らしい事だと思う。


 それでも最後に知ることになる答えに失望するのは解りきっている。言うつもりはないが。


「あんまりのめり込んで事件とかに巻き込まれたりしないでね。切り裂き魔事件は実際に起きてることなんだからね、


「え?」


 瑠美の表情がキョトンとしていた。紗理奈は一瞬自分が何か不味いことでも言ったのかと思った。

 二人は下駄箱の前で動きが止まっていたが、紗理奈は何か気まずいことを言ったという自覚がなかった。

 むしろ思い当たる節がないのだから当然だろう。自分が思っていることを彼女に声に出して言ったわけではないのだから。紗理奈はこの場は正直に聞いてみるのが一番だと思った。


「えっと、どうしたの? 私何か変なこと言った?」


 瑠美は驚いたような表情だったが、次第にそれが緩んで笑顔に変わった。その表情に紗理奈は眉間に皺を寄せた。


 二人はの間に何か微妙な空気感が流れ始めた。紗理奈は瑠美の黒い瞳の奥をじっと見つめ、瑠美は紗理奈の茶色のカラーコンタクトの瞳の奥を見つめていた。


「黒木さん、今私のこと瑠美ちゃんって言ったね」


「あ! えっと、その、ごめんね。馴れ馴れしく小林さんのことを言っちゃって。あの私――」


「良いの。これからは瑠美ちゃんって気軽に呼んでくれて良いよ。私も黒木さんのことを下の名前で呼ぶ、かもね」


「私も紗理奈って呼んでくれて良いよ。仲良いみんなはさっちゃんって呼ぶし。瑠美、ちゃんも、さっちゃんって呼んでよ。いやむしろ呼んで欲しいなぁ」


 瑠美ちゃんと自然と言っていた自分が少し恥ずかしかった。自分とは住む世界が違うと思っていたが、彼女が突拍子もないオカルト話をしたことで気が緩んでしまったのだろうかと自分で自分を分析した。


 地が出てしまったと後悔しても遅いが、それならこのまま仲良くなるのも悪くない。まだどんな人柄なのかは解らないが、少し話しただけだがとても良い関係を築けるのだろうと思う。


「もう少し黒木さんのことを知ったら、私もさっちゃんって呼ぶね」


「うん。解った。ねぇ瑠美ちゃん、他にもこんな話あるの?」


 下駄箱から靴を取り出し、履いていた中靴を入れた。瑠美は少し悩んでいるように見て取れた。「うーん」っと繋ぎ言葉を言いながら何かを言いかけている。


「まだ確証がある話ではないんだけどね」


 先ほどの話もどれも確証がある話ではなかったはずだが、そこは気にしないでおこう。こういった話は聞いていてとても面白い。


「どんな話?」


 学校を背にしてまずは校門を目指して歩き出した。瑠美はまた意気揚々としている表情になって話しを進めた。


「神社が半壊したのは知ってるよね?」


「あぁ、あの長い階段上った所にある神社でしょ? 小さい時に行ったことはあるけど最近はないなぁ。確か大木が強風で煽られて腐っていたから倒れて半壊ってニュースで見たよ。それも妖怪とかの仕業とか?」


「大木はね、腐ったんじゃない。大木に何かが激突して折れたの」


「激突ってどういうこと? 怪力の妖怪ってこと?」


 紗理奈の頭の中で筋肉隆々のマッチョの男を想像した。ボディビルダーのような恰好をしている男はとても滑稽だった。


「そうだね。妖怪変化全てがそんな怪力を持っているかもしれないという想像は置いておくね。色んな事例があるからひとえにそうだとは言い切れない。あと、神社に行って解ったのはね、そこにいたのはきっと一体じゃないの。少なくとも二体以上がそこにいて戦った」


「瑠美ちゃん神社に行ったの?」


「もちろん調査の為には現場に足を向けないといけないからね。捜査の基本だよ」


「そうなんだ。でも戦ったってどうして?」


「理由はまだ解らないけど、あそこで争ったのと思うの。神社を見た限り、あれは強風で倒れたわけでも腐っていたわけでもない。黒木さんはあの神社に祭られている刀を知ってる?」


「ごめん、全然知らない」


 地元ではあるのだが、その神社の名前すら出て来ないのだから、どれだけ自分が地元に興味がないのかが察することができるだろう。


 それでも昔は縁日などの日にはそこに行った遠い記憶がある。刀が祭られていたとは知らなかった。帰ったら母に聞いてみようかと思った。


 校門を出て駅まで足を向けた。瑠美の家は同じ方向なのだろうか。一緒に並んで歩いている。


無名むめいっていう刀を祭ってあるの。無限の無に名前の名。それで無名。その昔この地域に現れた妖怪変化を倒したとされる刀。あの神社は退魔を生業とした名家だったの」


「それも調べたの?」


「まぁね」


「ところでたいまって何?」


「退魔っていうのは妖怪変化を倒すとかそんな感じ。退くって書いて悪魔の魔って書くの。つまり簡単に言って妖怪変化を倒すってこと」


 瑠美は本格的にそう言った系統が好きなんだと紗理奈は思った。良く解らない単語もすらすらと解説できるのだから大したものだ思う。そして、その行動力にも脱帽してしまう。


 自分がそんなことを調べているなどと母に知られたら、それを勉強に向けて欲しいと言われるのがオチだ。


 住宅街を歩き続ければその先に商店街がある。商店街を抜けると駅は間近だ。この話が切りの良い所で終わって欲しいと切に願う。


「それで、現場を見てどうして戦ったって思ったの?」


「神社の境内の石畳もめちゃくちゃだったし、大木が倒れていない所も神社は荒れ放題で壊れてたの。明らかに二体以上がそこにいた。そして、大木にははっきりとはしてないけど人型の痕があったの。戦って吹き飛ばされ大木に激突したんじゃないかと私は思ってる」


 人の想像は無限ではなく有限だと言った自分の考えを前言撤回しても良いだろう。瑠美の想像は自分が思考するその上を行っているような気がした。


 妖怪が二体もいて神社で戦ったなどと自分では想像することもできない。それにしても、先ほどの口裂け女の話よりもこっちの話の方が面白い。


 住宅街の終わりにバス停があった。バス通学の生徒がバスを待っていた。ここを通り過ぎても瑠美も駅の方向に一緒に進んでいる。


「その妖怪が神社で戦った理由は何なの?」


「神社に祭ってある刀が関係あると思うの。だって妖怪達にとってはその刀を使われることは自分達の計画には邪魔になるから」


「ちょっと待って。計画って何?」


「これは私の想像だから。でも、何かあると思う」


「あと妖怪達にとって邪魔になるなら、その戦った理由が意味解らなくない? 妖怪の中に人間の味方と人間の敵がいるとか?」


「黒木さん、本当にそうかもしれないよ。もしかしたら守る為に戦ったのかも」


「その刀を守る為にってこと?」


「解らないけどね。そうかもしれないし、違うかもしれない。何にせよそこで戦ったと私は思ってる」


「で、それは何の妖怪なの? 口裂け女とか?」


 半分冗談で言ったつもりであったが、瑠美にはそれは通用しなかったらしい。真剣な表情で顎に手を添えて考え込んでいるように見えた。


「うーん……ううん。違うと思う。口裂け女が出てきたのは最近だし、そんなに強い妖怪じゃない。きっともっと妖怪として格が上の存在。そう、例えば……とか」


「鬼? 鬼って桃太郎が倒したやつでしょ?」


「そうだね。他にも泣いた赤鬼とか藤原千方ふじわらのちかたの四鬼とか。頭に生えている角は伝承されている物語によっては一本だったり、十五本もある酒呑童子とか、それに目も一つ目の者からあらゆる種類がいるし、鬼は諸説がかなりあるの」


 また力説が始まるのだろうか? そろそろ商店街を抜けてしまう。そうなると駅までは目と鼻の先になってしまう。話の続きをまた明日とは引き伸ばしたくはない。


 そう思ってはいるものの、集合時間まではまだある。駅近くのファーストフード店で少しばかり時間を潰しても良いのではないかと思ったが、注文して話をしているほどの時間の猶予は残されていなかった。


「それで、どうして鬼だって思うの?」


「黒木さんになら話しても良いかな。これはね。警察関係者しか知らないことだよ」


 瑠美の情報源は何処から出てくるのだろうか? 警察関係者なんてことを聞いたのはドラマとか映画以外にないのだが、彼女の口から出てくるこの警察関係者という言葉に違和感を覚える。それに何でその人と知り合いなのだろうか? とても気になってしまう。


「実はね。神社が半壊する前、パレードの夜、トラックが横転した事故があったの。その横転したトラックから運転手を助けてくれたのが、角を二本生やした女の子だったの」


「トラックの横転って確か夜中に大通りで自損事故したやつでしょ?」


「そう。あれは自損事故じゃない。運転手は目撃したの。鬼の女の子と戦う何かがいたのを。そして、それに巻き込まれてトラックは横転したの」


 駅が見えてきた。ここまで少しだけ考えていたが、瑠美は何処に住んでいるのだろうか。電車通学なのだろうか?


「えっと、瑠美ちゃんは電車通学なの?」


「違うよ」


「え? 家何処なの?」


「私は七日町だよ」


「え!? 七日町ってバス通じゃん。バス停とっくに通り過ぎたよ?」


 瑠美は小悪魔的な笑顔で紗理奈を見ながら


「だって、黒木さんと話をしたくて、ね」


 っと言った。今この場に周りの人がいなければ紗理奈は理性を捨てて瑠美を抱き締めてしまっていたと思った。


「何か、ごめんね。付き合ってくれて。でも、すごく楽しかったよ。あのさ、瑠美ちゃんの連絡先教えて」


「良いよ」


 二人はスマホを取り出してお互いの連絡先を交換した。紗理奈は話を聞いていて突拍子もないと解っていても、とても楽しかったし面白かった。折角席も近いのだから仲良くなっても損はない。


「話途中だったけど、他にもこんな話あったら聞かせてね。じゃね瑠美ちゃん」


「うん。黒木さん、また明日」


 瑠美は踵を返してバス停まで戻って行った。そして、ふと徐に振り返った。


「黒木さん、気を付けてね。この町は変なの」

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