林檎の樹
時は過ぎていく。
森は人々によって切り開かれ、子竜と女は森の奥へ、奥へとその住処を移していった。
女に抱かれて森を移動していた子竜も、いつのまにか女を背に乗せて飛べるまでに成長していた。
銀翼の羽根を翻し、成竜となった彼は暗い森の上空を滑走する。その背には、赤い髪を翻らせる女が乗っている。
竜はすっかり変わってしまったのに、女の容姿は時がたっても変わらない。
それはもう、自分しかこの森を守れる一族がいないからだと女は言っていた。だから自分の時を止めたのだと。
永遠にこの森と共に生きるのだと彼女は言った。
私がいなくなったら、この森を護るものがいなくなってしまうからと。
「ほら、いくよ! チビ」
「ギャン!」
女の弾んだ声に竜は我に返る。もうチビじゃないと女に抗議しつつ、竜は上空へと昇っていた。
自分の前足についた義足を力いっぱい前方に振ってみせる。すると爪を模した義足の一片が折れ曲がり、そこからたくさんの種が宙へと零れていく。
森がざわつく。小さく動く樹冠という樹冠から鳥たちが空へと舞い飛び、竜が零す小さな種を嘴に銜えて飛び去っていくのだ。竜の背に乗る女はその間、小さな苗木を前足で持った猫たちに指示を飛ばしていた。
猫たちは女の指示に従い、苗木を抱えたまま竜の背から跳び下りていく。猫たちの背に透明な翅が生える。その翅を羽ばたかせて。猫たちの一団は森へと降りたっていった。
「あそこまで飛んで行ってチビっ! あの丘の上の林檎の木まで!!」
女の指図に応じて竜は森から離れた草原の上空を飛んで行く。そこは牧草地として人間に切り開かれた森の跡地であった。なだらかな丘陵地帯には夜だというのに草を食む牛たちの姿が見受けられる。
竜は女に言われた通り、ひときは高い丘の上に生える林檎の木の側へと降りたった。樹齢数百年は経つ木は皺のような樹皮に覆われ、栗よりも小さな赤い実を鈴なりにつけていた。
「チビ、いつもの通りに頼む」
女の声に従い、竜は片前足で思いっきり地面を蹴る。地響きと共に丘がゆれ、林檎の木からたくさんの実が落ちてきた。
女が弾んだ笑い声をあげながら竜の背から跳び下りる。彼女は纏っているローブを前方に持ち上げ、林檎の木へと駆け寄っていく。彼女が駆けるたびに、小さな林檎の実が彼女のローブへと落ちていく。
この木は、切られることなくここに残された神々の森の眷属だ。周囲の木々が伐採されたあとも、この林檎の木だけはたわわな実をつけることからこの地に残された。
竜たちは森から切り離された大樹の元を訊ねては、彼らの種を集め、森が絶えないよう大地に根付かせる仕事を続けている。
もう、何十年も。
それなのに、森はその大きさを毎年小さくしていくのだ。
このままでは神々の怒りが人を呑みこむと彼女は懸念している。神々の森の遥か彼方には、万年雪を抱いた巨大な霊峰が列なる聖所があるというのだ。その向こう側に神々の国があり、霊峰の雪解け水を通じて彼らは人に恵みを与える。
春に大量に押し寄せるその水を、この森は貯めておく場所なのだという。
もし、その森がなくなったら――
「行こう、チビ。人が来た……」
女の小さな声がする。竜が後方へと振り返ると、丘の向こうに広がる人家から明かりが漏れていた。その明かりが幽鬼のように揺れながら、こちらへと近づいてくる。
人々が松明を持ってこちらに近づいているのだ。
竜は女に義足の前足を差し出す。女は義足の中指を器用に外し、そこに集めた林檎の実を流し込んでいく。
その作業を手早く終え、彼女は素早く竜の背へと跳び乗った。
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