王都五年編

第46話 マホンとピュール

 彼を探し求め、ひたすら情報を集め続けた。

 ギルドを通し捜索の依頼もかけた。

 しかし、この五年間で何一つとして分からなかった。

 影すら掴めなかった。


 彼はどこへ行ってしまったのか?

 そもそもあれはどこだったのか?

 

  もっと状況を把握し、情報を集めてから帰るんだった…。

 連絡の手段や約束事をしておくべきだった。

 しかし後の祭りである。

 

 これだけ探しても見つからない彼は、もしかしたら既に…。

 いや、そんな考えはしてはダメだ。

 心を折ってはダメなんだ。

 彼は生きている。

 また会うって言ったんだから。

 絶対に死なないとも…。


 ┼┼┼

 

「━━マスターは!? ギルドマスターはいますか!?」

 

 王都アヴィニオンにある冒険者ギルドへと到着するなり、マホンとピュールは受付へと直行した。

 休憩中なのか、今は一人しかいない受付嬢は、マホンの剣幕に一瞬たじろいでしまうが、そこはプロ、すぐさま営業スマイルで対応した。


「マホンさんですね。どういったご用件でしょうか?」

 

 一応、マホンとは顔見知りの受付嬢であった。

 

「行方不明の冒険者のことで伝えることがあるんだ!大至急おねがい!」

「わ、わかりました! このままお待ち下さい」

「急いでくれ」


 かつてのような賑やかな雰囲気はなく、閑散とした静かなギルド内に、マホンの大きな声が響き渡る。

 

 何事かと、ここにいる冒険者全員が二人へ注目した。

 そこで初めて二人の存在に気付く数名の冒険者達。


「おいっ!ピュールじゃねーかっ! 戻ったのか!」

「ピュール!? 無事だったか!! 仲間はどうした?」

「ピュールだと!? 生きて帰ったか!」

 

 冒険者達は口々に騒ぎ立て、あっという間に二人を取り囲む。


「あ、ああ…。 ミイラ取りがミイラになるとこだったけどな…」

 

 ピュールは記憶を思い出すように、悲しさで顔を曇らせた。


「何があったんだ!?」

「仲間は?他の冒険者は見たのか!?」

「みなさん、落ち着いてください! ギルドマスターが来てから説明しますので━━」


 と、ちょうどそこへギルドマスターがバックヤードから姿を現した。


「皆のもの静まれ! 例の件なら、このまま話を聞こうかの? トンプソン家の…えーっと…」

「マホン君ですよ、マスター」


 先程の受付嬢がフォローをする。


「ああ!そうだったな! で、マホンよ。 何があったのじゃ」

「はい。知ってのとお━━」

「すいませんっ! 先に俺からいいですか!?」

「お、おお。 えっと君は……」

「ピュールさんですよ!マスター。 『黄昏せんべい』のリーダーをしているピュールさんっ!」

「すまんすまん!そうじゃな! では、ピュールからでいいかな? マホンよ」

「はい。大丈夫です」


 ギルドマスターはマホンからピュールへと向き直った。

 その顔には笑みの一つもなく、真剣な空気を漂わせていた。

 それに当てられたように、自ずと室内にいる冒険者達も真剣に耳を傾けていた。

 

「俺達黄昏せんべいは、ここで捜索の依頼を受けるとすぐに目的地を目指すことにしました。森に入って暫く歩き続け、青く染まった木々の中に洞窟を見つけました。 それがダンジョンだとすぐに分かり、行方不明の冒険者を探すために中へと入りました。 けど、中には宝箱があるだけで行き止まりでした。 それはもう怪しかったんで、ほんとはすぐに帰るべきだったんですが、テンが…すいません…、メンバーの一人が先走り、その箱を開けてしまいました」

「うむ。それで?」

「そしたら突如、その箱から出た光に包まれて……。すぐに目を開けることはできなかったんですが、金属音や人の叫び声が聞こえてきて…それが戦闘だってことは分かったんですけど、もうパニックで…。慣れてきて目を開けると、目の前ではオーク一体と冒険者数名が戦闘していました」

「む、それはどういうことじゃ?」

 

 眉間にシワを寄せるギルドマスター。

 その質問には横にいるマホンが口を挟んだ。

 

「実は、その箱は一定範囲内の者を強制転移させる魔道具だったんです」

 

 驚きに目を見開くギルドマスター。

 周囲の話を聴いている冒険者達もざわざわし始める。


「……なんと。聞いたことはあるが…。しかし何で…。うむ…ピュールよ、とりあえず話を続けよ」

「お、俺達はパニックに陥ってしまって全然動けなくて…でも、そこにいた冒険者の方が数が多く何とか倒したんです…」

「うむうむ。それでどうしたんじゃ?」

「…………」

「ピュールさん?大丈夫?」

 

 何も言わないピュールに心配になったマホン。

 よく見ればピュールは小刻みに震えていた。

 目にはうっすらと光るものも見える。

 

「ああ、ごめん…。 …大丈夫だ。その道は奥にしかなく、戻ることもできなかったから進むことになったんです。そ、そしたら…奥には大量のオ、オークとレッドオークがいて━━くっ…俺達はすぐバレないうちに戻っけど、行き止まりでどうしようもなくて……結局見つかってしまいました。…情けないが俺はすぐにやられて気絶してしまいました……起きたときにはマホンに助けられた後何が何だか…すいません……」

「………そうか。して、生き残った者は…?」

 

 すると、マホンが手を上げた。

 

「すいません、そこからはいいですか?」

 

  マホンがピュールへ目配せすると、ピュールは頷いた。

 そして、頼むと言い近くにあった椅子へと腰を下ろした。

 それは、冒険者達が普段使っている椅子で、ギルド内には同じものが丸テーブルとセットでいくつも置かれている。

 所々が欠けていたり、背もたれが折れているものもあり、そこに歴史を感じさせる。

 いつもなら満席になるほどに冒険者が溢れているのだが、今は埋まっているのを探すほうが難しいと言えた。

 ピュールは腰を下ろすなり、下にうつむき片手で目を覆い隠した。


「うむ。 マホン続きを」

「はい。 ヴェルデ・ブルノーブルとダンジョンの依頼を受け、ピュールさんと同じ場所へ二人で向かいました。あ、マスターはヴェルデは分かりますか?」

「もちろんじゃ。樹魔法の彼じゃろ?」

 

 周りの冒険者はその名前にはピンとこないらしく、誰だ誰だとざわついている。

 しかし、マホンが続きを話し始めると、ピタリと止まりまた静まり返る室内。

 

「そうです。 それで経緯はピュールさんと同じで、やはり光に包まれ、目を開くとそこは夥しい数の死体がありました。あれは罠でした。罠だったんです…。 画策していたフードを被った奴を見ました。 そいつが箱で冒険者を誘き寄せ、転移させオークの餌にしていたんです。 ピュールさん以外は助けることが…ごめんなさい…みなさんごめんなさい…」

 

 マホンが言い終わると、その内容を聞いた冒険者達は叫び、泣き崩れ、物に当たり散らしたのだった。

 行方不明の中には知人や仲間がいたのだろう。

 静かだったギルド内は、怒りくるい悲嘆にくれた集団の喧騒で埋め尽くされてしまった。


「……いや、マホン。よくやってくれた。 そしてヴェルデ・ブルノーブルはどうしたのじゃ?」

「…はい。オークとレッドオークについてはヴェルが全て殺しました。 ローブの奴は何処かへ消えてしまいました。そして、残った箱やその場所の破壊をするためにヴェルはその場に残りました。彼は帰らなかったんです。これ以上の被害を食い止めるために…だから、だからギルドマスター!お願いです。彼を捜してください!」

「話はわかった。 一応確認だが、ヴェルデ・ブルノーブルはその場にいたオークとレッドオークを全て倒したのじゃな?」

「はい」

 

 周囲の冒険者達は既に静まり、二人の会話を聞いている。

 仲間を死に追いった奴に復讐せんとし、情報を少しでも得るために、一語一句聞き逃さないために。


「その数は?覚えておるか?」

「……すいません。 かなりの数はいたと思うんですが…。ただ、レッドオークも一体ではなく数体いました」

「なんと。 それをヴェルデ・ブルノーブルは倒したと…。にわかには信じられんが…それほどまでの実力であるならばおしい人材…いやいや、そうじゃなくともこれだけの功績を…」

 

 ざわつくギルド内。


 ギルドマスターには、これだけの事件であればやらなくてはいけない優先事項が多々あるのだが、ヴェルデとマホンには冒険者の謎の失踪を一応は解決してくれた恩があり、マホンのお願いを無下にはできなかった。

 それに、それだけの実力を持つ人材無くしてはならないと、ヴェルデの捜索を第一優先とすることにした。

 

(以前のオークの集団…もしかしたら、それもヴェルデが関わっている? そもそも、オークの集団が森に出たのは今回の首謀者がやったことなのか…?)

 

「ヴェルデ・ブルノーブルについてはギルドから捜索隊を出そう。 森に出たオークの件ももしかしたら今回と関係があるかもしれんし、ローブの首謀者を含め、全てを王へと報告し国からも捜索隊をだしてもらう。それから、ギルド側から資金を調整し、『白金』『黒金』ランクの冒険者へ指名依頼を出そう。そっちか側からもヴェルデの捜索と首謀者捜しをやってもらおう。 それと、彼は学生じゃな? 学校へも連絡をしておこう」

「━━ありがとうございます。 宜しくお願いします」

 

 マホンはヴェルデが見つかったわけではないから心から安心はできないが、一応の対応としてやるべきことはできたことに安堵したのだった。

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